君は知らないままでいい
たぶん、はじめは憧れだった。俺とは正反対のナオにただ憧れた。
それが、いつのまにか恋へと化けていて。気付いてもどうしようもない、そんな感情を両手いっぱいに抱えて。今日もまた、傷だらけの心に触れられずにいる。
ナオと知り合ったのは、高校へ入ってすぐだった。話が合うし、一緒にいても疲れない。親しくなるのはあっという間だった。
「俺、恋人ができたんだ」
そう告げられたのは、一ヶ月くらい前だったと思う。たまたま帰りが一緒になって、取り留めもない話をしている時、酷く緊張したような顔でナオが言ったのだ。
「へぇ。可愛い子?」
「可愛い、とかじゃないんだけど。ていうか…」
男の人なんだ。
ナオは俺のことを信じていた。だから、同性の恋人ができたことも打ち明けた。
俺は別にそういうことに偏見を持っている質じゃなかったから、ふぅんと言って終わりだった。問題が起こったのはむしろその後だ。
昼前の授業が終わった後、いつもは昼食を買いに飛び出して行くナオが座ったままでいることに気付いて、俺は軽い気持ちで声をかけた。
「ナオ、購買行かねーの?」
「今、金欠…」
情けない顔で笑う。
「バイト代入るの昨日だったろ?」
「あ、えーと、下ろしそびれてて」
下手な言い訳だな、と思った。
それから、怪訝に思うことなんて幾らでも積み重なっていって。
小銭ばかり入った重いだけの財布、着替えの時に見つけた大きな青痣、俯き加減に沈むナオの横顔。
できたばかりの恋人と繋げるのは、呆気ないほど簡単だった。
「いいかげん別れれば?」
何回言ったか分からない台詞を今日も吐く。
「なんで?」
「何でってって…」
心底不思議そうに尋ねられると、時々間違っているのは自分なんじゃないかという思いに捕われる。
「うまくいってないんだろ?カレシさんと」
「そういう訳じゃないよ。たまにおかしくなっちゃうだけ」
万札を抜かれたり、暴力をふるわれたり、浮気されたり。傍目から見ていて、恋愛関係が成立しているようにはまるで見えない。
おかしくなる、の域で片付けられる問題ではないだろうと呆れてしまう。
「でも、最後には愛してるって言ってくれるんだ。昨日もそうだった」
うまくいってるよと右頬を腫らして笑う。幸せなんだと言う代わりに。
裏切ってみたり裏切られたり。それを数え切れないほど繰り返して。俺は信じることを止めた。人も自分も何もかも信じない。あっさり信じて騙される奴は馬鹿だとすら思う。でも。
馬鹿だなと思いながらそれ以上に焦がれる。
例え滑稽だろうとただ無心に、誰かの温かい部分だけ信じられたらどんなにいいだろう。盲目に恋するおまえのように。
「…ナオ」
「なに?」
とりあえず痛々しい笑顔に向ける言葉は、
「バカ」
「…分かってるって」
今はまだ、愛してるなんて言えそうにない。
2010.3.18
title:MAryTale
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