なにをおいても

「何でこんな浅い川で溺れんだよ?」
 ちょっと行けば足つくだろ?

 呆れた声で彼が言う。
 薄日の差す川縁のコンクリートに、濡れた足跡は一人分。気を失いかけてしまった俺を、抱えて歩く彼の足跡だ。

「泳げないから」

「お前なぁ…」

 即答に、溜息。

 本当は子供の頃、同じように川で溺れかけたからだ。
 それがトラウマになっているのか、プールも海も平気なのに川だけはどうしても駄目だった。
 すっかり忘れていたことだから、彼は何にも知らないけれど。

「じゃあ何で橋から飛びおりた?」

「大事なもの落としたから」

「大事なもの?」

 何だよそれ、と聞かれて少し、言葉に詰まる。

 あの瞬間はとても大事なものだと思った、本当はゴミでしかないそれ。

「…あんたが寄越した煙草の吸い殻」

 彼は一瞬、虚をつかれたような顔になった。

「……環境保全魂にも程があるな」

 大事なものだと告げた俺の言葉を、すっかり忘れているらしかった。



2011.1.7



いつも掌の上

「ずいぶん遅くなっちまったなぁ」

 この遊歩道から見る夜景が綺麗なのだと言う。なかなか有名なデートスポットらしいが、平日の真夜中にやって来る物好きは俺たちだけだった。

「お前、まだ高校生なのに」

「平気だって。うち、けっこう無関心だし」

 それに、例え怒られたって構わない。彼と過ごす時間のためなら何もかも犠牲にできると思うから。

「あんたこそいいの?明日も仕事だろ」

「…嫌なこと思い出させるなよ」

 顔をしかめた後、彼は意地悪く笑う。何となく嫌な予感がした。

「まぁ、最近ずっと深夜帰宅だから。問題ねぇ」

 問題なら大有りだろう。

「…深夜帰宅って?俺以外の誰といんだよ?」

「女とか男とか」

「……」

 入れ食い状態かよ。最悪だ。

 カッとなって睨みつけようとした彼の顔は、いつの間にか数ミリの距離に迫っている。
 そして一瞬の口づけ。

「っ、いきなりなんだよ」

「んー?誤解してるみたいだったから」

「何が誤解?」

「毎日浮気してるとかいう誤解。残業してんの。女も男もいる職場で」

 はやとちりが恥ずかしくて一気に赤くなった。

 でも、誤解されるような言い方をした奴が悪いんじゃないか?

 赤い顔で睨み上げる。
 不意にギュッと抱きしめられる。

「ダメだ、帰したくなくなった」

「…ラーメンでも食べてく?」

「色気ねぇなぁ」

 思いつきを述べると呆れたように彼が笑った。

「家に泊まって欲しいって言ってんだよ」

「…大人じゃないから分からない」



2011.1.7



時々こども

「今更だけど、いいのかよ、こんな…」

 ただ甘いだけだった夜が明けて差し込む朝日に室内を見渡すと、一気に現実まで見えてくる。

「俺は未成年ホテルに連れ込んでインコーするような大人には見えないから平気だ」

「…そーか?」

 実際のあれやこれやを散々経験しているせいで、疑うような声しか出ない。

「お前顔だけは大人っぽいし」

「顔だけって」

「あー、体もか」

 つまり中身が子供っぽいと言いたいらしい。

 長い足を思い切り蹴りつけてやる。柔らかい布団に邪魔されて威力は半減だった。

「俺はもう帰る」

 起き上がろうとする。絡む両腕に邪魔される。

「もうちょっといろよ。こんなに早く出なくても授業には間に合う」

「…真面目に学校行けだとか夜遊びするなとか、いつも大人みたいなことばっかり言うくせに」

 そっちこそ、こういう時だけ子供みたいだ。

「学校へ行くなとは言ってねぇし。…夜遊び禁止は浮気するなってこと」
 お前モテそうだから心配なんだよ。

 早口で珍しく本音らしきことを言って、俺の頭を撫でた後、その指は優しく髪を梳く。

「まだいいだろ。お前が帰っちまうと…」

 寂しい、と続くのならもう少しここにいようと思った。



「寒い」

「帰る!」

 湯たんぽ代わりなのかよ、この寒がりめ。



2011.1.8



事情に配慮を

 駅へと続く並木道は、葉の落ちた木々ばかりですっかり寒々しい冬景色だ。

「出張ってどこ行くんだ?」

「関西の方だよ」

「フーン。あ、お土産買ってきて」

 夕暮れの物寂しさが、更に体感温度を下げているような気がする。だから、明日は早朝から出掛けていく彼のためとはいえ、こんな時間に別れるのは嫌いだった。

「つめてぇな。今日も風邪をおしてわざわざデートしてやった優しい恋人と、一週間も会えなくなるってのに」

 案外人通りの少ない道を歩きながら、話題は専ら明日に迫った彼の出張のこと。

「そんくらい別に寂しくねぇし」

 してやった、なんて言われると、素直に認めたくなくなる。こっちばっかりものすごく彼を好きでいるみたいじゃないか。

「おまえが冷たいせいで今夜は寝込むかも」

「いやそれは…」

 けれど、肩を落として恨みがましげな目をした彼に張る意地ももうなく俯いて、大袈裟な、と思いつつ言葉に詰まる。

「…ホントは一週間会えないだけでも寂しいし、すごく心配してるけど!」

 そこまで言ってからちらりと彼を見た。

「……バーカ」

 口元が笑っている。
 もしかして騙された?それとも照れ隠し?
 どっちにしろ一週間会えなくなる彼と喧嘩別れする気はない。拗ねたような台詞を本音と思って、明るく送り出してやろう。

「のど飴やるから頑張って」

 鞄から取り出したそれを手渡した。

「…なんでのど飴なんか持ってんだ?」

 彼は怪訝そうな顔をしながらも受け取る。

「俺も風邪ひいてたから」

「…俺にうつして治りやがったな」

「事情も聞かずにキスする方が悪い」



2011.1.9




back



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -