いつも同じ
「ジャーファル様が好きなんです」
思い詰めた顔をした部下である男にそう告げられた時、ジャーファルが一番に思ったのは、もうそんな時期になるのかということだった。どうもこういった輩は定期的に現れるらしく、前回は確か半年ほど前だった。だから、いつの間にそんなに時が流れたのだと驚いてしまう。
「急にこんなことを言ってすみません。でも、どうしても伝えておきたくて…」
時の流れの早さに驚いたジャーファルの顔を見て、勘違いした彼は酷く申し訳なさそうな表情を浮かべる。本当のことを言う訳にもいかないため、曖昧に否定して微笑んでおいた。
「それで、あの…」
口ごもりながら男が言葉を続ける。この後言われるであろうことも予想がついていた。どう答えるかまで一字一句違わず決まっている。本当に毎回同じだからだ。
「ジャーファル様は私のことをどう思っていらっしゃいますか?」
「そうですねぇ…」
恐る恐るの問い掛けに、答えが決まっているとはいえやはり毎回迷ってしまう。
もちろんそういった意味で好きではない。けれど彼とは明日からも毎日顔を合わせる訳で。何より大切なのは仕事が滞りなく進むことだ。
結局ジャーファルは今まで告白してきた男に言ったのと丸っきり同じ言葉を答えにして、喜びのあまりか目を潤ませた彼に抱きしめられた。
その腕の腕の中で思う。
――あぁ、違うのに。
『好きですよ』
何故かって彼はシンドバッドが愛する国民で、シンドリアのために懸命に働く可愛い部下で、この国を愛し、シンドバッド王を尊敬している。ひとつだけ難点を上げるならば、それはジャーファルなどに想いを寄せる趣味の悪さだ。酒というのは恐ろしいもので、どうやら目までおかしくしてしまうらしい。幾分気安く接してくるようになった男は、酒が入るとジャーファルのことを可愛いと繰り返す。鬱陶しいし、ちゃんと現実が見えているかと問い質したくなるが、酒のせいだと言い聞かせて我慢する。酔っ払うとシワシワの老婆にまでお嬢さんと呼びかけて口説き出す王、という残念な例もある。酒とは恐ろしいものだ。仕方ない。
しかし今日は余りにもしつこかった。
もう勘弁してくれないだろうかと、極力穏やかな声を出すように努力しながら聞いてみる。
「君、私といてつまらなくないの?」
「とんでもない。とても楽しいです」
男は上気した顔で答えた。理解できない。こうして向き合って座っていても、ジャーファルの考えていることといえば仕事のことと、
――シンもシャルルカンと飲みに行ったようだけど、また飲みすぎて問題を起こしてはいないだろうな…?
彼の王のことだけだった。
そもそもジャーファルの世界には、それ以外の何かは存在しない。
「ジャーファルさん、キスしていいですか」
「はぁ、まぁ」
別にいいけど。
自分でもどうかと思うほど気のない返事だったのに、彼は嬉々として口づけてきた。
男に、しかも見目のあまりよろしくない自分なんかに口づけて、いったい何が楽しいのやら。
恋愛感情とはおかしなものだ。ジャーファルには一生理解できないに違いない。
「今度は文官の男と付き合っているそうだな」
執務室へ書類を届けに行った時、あまり機嫌のよくなさそうなシンドバッドからそう言われて、思わず首を傾げそうになった。
――付き合っている?まぁ、一応そういうことにはなるのかもしれない。
「…今度はってなんですか」
まるで取っ替え引っ替えしてるみたいに。
「半年前は女官だった」
ボソリと王が零す。
「そうでしたっけ?」
実はあまり覚えていない。誰かしらに告白された記憶は残っているのだが。
「あの男のことが好きなのか?」
「…彼はいい子ですよ」
もう、とっくに成人しているのだが、いつまでも子供扱いしてしまうのはジャーファルの悪い癖だ。自覚は、している。
質問と些かずれた答えを返したことで、そこに恋愛感情など存在しないことは知れたのだろう。
「お前、好きだと言われたら誰とでも付き合うんだな」
呆れ声で言われた。
とんでもない。
「誰とでもという訳ではありません」
「ほぉ。誰なら断るんだ?」
「あなたに不利益をもたらすような輩ならばちゃんと断ります」
当然、断った上にそれなりの手段も講じるが。
「お前なぁ…」
シンドバッドは疲れたように深いため息を落とした。
そのままむっつりと押し黙ってしまったため、ジャーファルはそろそろ仕事に戻りたいと思う。
そういえば今はシンドバッドの機嫌が悪い時期だった。
何故だか知らないが、彼はたいてい半年に一度のペースで不機嫌オーラを撒き散らす。
「話が終わったのでしたら、」
と、言いかけた時だった。
「…もしも俺が」
妙に真剣な表情を浮かべた彼と目が合った。
「お前を」
王は言う。
「好きだと言ったら、どうする?」
「ありえませんね」
即答した。
「ありえない、で片付けたらもしもと付ける意味がないだろ」
「そもそもそんな質問をする意味が分かりません」
私があの子と付き合っていることとあなたには、何の関係もないじゃないですか。
そう、続ける。
「関係はある!大有りだ!」
彼がガタッと勢いよく席を立った。
「…シン?」
何をムキになっているのだと思う。
一刻も早く仕事に戻りたくなってきた。ジャーファルはこのまま彼と話しているより、今すぐに一人で机に向かって仕事がしたい。
「ありえなくないんだよ、ジャーファル」
シンドバッドが子供にでも言い聞かせるように言った。
昔、よく聞いていた口調だ。
「俺は、お前のことが」
「っ失礼します!」
思わず踵を返して逃げ出してしまった。
聞こえないようにと声を上げたのに聞こえてしまった。
当たり前だ。どんな状況だろうと、どんなに小さな声だろうと、彼が強い意志を持って伝えようとした言葉を、ジャーファルが聞き取れないことなどありえない。
――私はあなたとだけは付き合いたくないし、あなたの特別にだけはなりたくないのです。
本当はちゃんと分かっていた。
ジャーファルが告白される時期と、シンドバッドが不機嫌になる期間は重なっているということ。
周りには付き合っているのだろうと称されるはずの男から、明日別れを告げられること。
2012.4.7
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