夢の続き

 どこまでも歩いていけるような気がしていた。走ることだってできると思う。
 いつになく身体の調子が良い。疲れなど全く感じない。

(だってさ……)

 若だんなは地面を睨んだまま溜息をついた。

(これは、間違いなく夢だもの)

 顔を上げてみたところで、いつかの夢と同じ川岸が、ずっとずっと続いているだけなのだ。
 若だんなには分かっていた。

 きっと空っぽなんだろうと、諦め半分、袖の中へ手を入れてみる。かさり、と飴玉の袋に指先が触れた。しがみつく鳴家の一匹もいなかった。

(お菓子だけ入っていてもねえ)

 よけいに寂しくなってしまう。
 暖かで気持ちのいい昼時なのに、道を行く人も見掛けない。
 疲れないけれど、楽しくもない。誰もいないのが心細い。
 一人になると答えの出せない考えばかりが、取り留めもなく浮かんでくる。
 俯いているせいかもしれなかった。考えれば考えるほど不安になって、気持ちが沈んできたりする。
 いつかは長崎屋の跡取りとして、大店を仕切っていけるのか、だとか。

(そういえば今夜も熱を出して寝込んでいた気がするよ。だから嫌な夢を見てるんだ)

 そもそもこんなに病がちで、あとどれくらい生きていられるのか。己の寿命など誰も知らないし、知らない方がいいことではあるけれど。
 いつまで。

「……いつまで続くんだろうねえ」

 声に出して、ぼやいてみた。
 一人きりのこの道と夢は、いつまで、どこまで続くのだろう。



 ひたすら地面と睨めっこして歩く若だんなは、全く前を見ていなかった。
 よって、突然壁らしきものが現れたことにも、全く気付かなかったのだ。

「わ、あ!」

 思いきりぶつかった。痛くはなかった。壁にしては柔らかいし、よく知った薬種の匂いがする。
 よろけたところを力強い腕に支えられる。驚いた若だんなが見上げると、

「仁吉!」

 そこには見慣れた端整な面があった。
 どうやら、若だんなは仁吉とぶつかってしまったらしい。

「若だんな、探しましたよ」

 低い声で仁吉が言う。ずいぶんと機嫌が悪そうだ。
 確かに若だんなが黙って他出したら、兄や達はこんな渋い顔をするだろう。

(夢なのにねえ……)

 首を竦める。何だかおかしい。

「どうしてそう他出したがるんですかね。それもお一人で!歩き疲れて熱が出たらどうするんです。また寝込むことになりますよ」

 いつもと変わらない小言の嵐に、思わずにこりと笑ってしまう。
 ほっとした。嬉しかった。聞き飽きた小言すら懐かしいと思えた。

「若だんな、どうして笑っているんですか」

 その様子を見咎めた仁吉は、怪訝そうに眉をひそめる。
 若だんなは、笑みを浮かべたまま、答えた。

「仁吉に、会いたかったんだ」

 やっと見つけた兄やが消えてしまわないように、きゅっと着物の端を握る。
 仁吉は寸の間目を丸くした後、言った。

「心細くなるくらいなら、一人で外出などしなければいいんです」

(したくてした訳じゃあないんだよ、兄や)

 そう思ったけれど、言わなかった。悪夢だから仕方ない、などと説明するのも、おかしいように思えたのだ。
 それに、ここには仁吉がいる。この夢は既に悪夢ではなかった。

 若だんなは、実に素直に頷いた。

「そうだね。皆と一緒の方がいいね」

 だからそろそろ目を覚まして、本物の仁吉や佐助や妖の皆に会いたい。
 夜着の下にはきっと沢山の鳴家がいる。起き上がれば佐助が顔を出す。
 今、隣には仁吉がいて、夢の中でも夢から覚めても、若だんなが寂しさを感じることはないのだ。

 きゅわきゅわと鳴く鳴家たちの声が、どこからか聞こえたような気がした。
 もうすぐ夜は、明けるのだろう。




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