Rainy night
空が代わりに泣いてるからもう泣くなよ、なんて、適当すぎること言いやがって。めんどくさがってるのが丸分かりだ。
「こんな雨一晩で止むだろ!雨なんかと一緒にしないでいただきたい!」
よく分からない捨て台詞を吐いて部屋を飛び出した。追い掛けてきた声は引き止める言葉じゃなく、「傘持ってけよ」の一言だけ。本っ当に腹が立つ。
投げ渡されたそれをまだ持ってはいるけれど、ムカつくから差さずに濡れてやる。
あてもなく歩きながら考える。そもそも俺はどうして涙が止まらなくなるほど怒っていたんだっけ。
思い出せずに唸っていると、心底呆れたような顔の脳内御幸一也に「バーカ」と言われた。
ああもう。今すぐ俺の頭の中からいなくなれ。
どうしたって泣かないあの男の上の空だけ、一生雨になればいいのに。
とりあえず駅に来てみたら、電車が走っていなかった。改札の前に終電の貼り紙。本日の電車は終了しました。
券売機の前でじっくり考えてみたが、歩いていける場所に知り合いは住んでいない。こういう時は実家に帰らせていただきます!とか言うんだろうけれど、遠すぎて帰り着けそうになかった。
そういえば普通実家に帰るのは奥さんの方だから、俺が帰るのはおかしいのか。女房は御幸センパイだし。俺が旦那だし。
そもそも財布もケータイも持ってないじゃないか、俺は。
ないない尽くしだ。うっかり全部置いてきてしまった。あるのは御幸センパイに押し付けられた未使用の傘だけだ。どうせ俺はバカですよ!
傘を差して帰ることにした。バカにするなら好きなだけすればいい。
雨は土砂降りになっていた。結局傘なんて役に立ってない。靴の中に水溜まりができてる。
歩道の大きな水溜まりを蹴った。
すぐ感情的になって泣く俺も悪いんだって分かってる。御幸センパイも悪いけど。でも。
あの人は慰め方がわかんないんだ。きっと。
友達いないし。彼女とはマトモに付き合えたことないし。すぐ振られるし。御幸センパイには俺しかいないから。
俺がそう思っていたいだけなんだけど。
ずぶ濡れになりながら部屋へ帰ってきた。家出時間は結局1時間足らず。
「なんで傘差さなかったんだよ」
全力投球で飛んできたタオルに視界を塞がれる。髪と顔を適当に拭いてから肩に掛ける。
「バカ」とは言われたけれど、それはバカにしているいつもの「バカ」ではなかった。心配してくれている「バカ」だった。
御幸センパイは投手の俺が肩を冷やしたことを怒っているから、帰りは差しました、なんて無駄な言い訳はしない。というかもうどうでもいい。そんなことよりも!
何を言われようがどうでもよくなるくらい、別のことに意識を持っていかれてる。
「まさか雨が降ったんですか!?」
御幸センパイの顔を見て、言った。
「降ってるだろ」
「そうじゃなくて」
この家の中で雨が!?と聞く。
「はあ?」
御幸一也の上にだけずっと雨が降ればいいなんて、俺が変なこと願ったから?
だから御幸センパイの顔が濡れてるんだろうか。
「雨漏りなんかする訳ないだろ。上にも部屋あるんだから」
そういうことが言いたかったんじゃないけど、超常現象が起こってないことが分かればいい。雨が降ってないってことは、つまり。
「泣いてたんスね」
御幸センパイは目を逸らした。
「風呂入ってたんだよ」
「顔しか濡れてませんけど」
じいっと綺麗な濡れた顔を見つめる。瞬いた拍子に雫が落ちた。こちらを見ていないのをいいことに、素早くメガネを奪った俺は、御幸センパイの目元を湿った袖で拭う。肩に掛けたタオルの存在はすっかり忘れていた。
そのまま暫く黙っていた。
御幸センパイは黙っている俺に弱い。いつも騒がしい俺が何も言わなくなると落ち着かないんだそうだ。
弱くなる気配もない雨の音を聞きながら辛抱強く待っていたら、やっと御幸センパイが口を開いた。
「さっきの話なし。悪かった」
クリス先輩みたいな小さな声だった。
さっきの話。思い出した。別れ話をされたんだ。
御幸センパイに隠し事はしたくないから、野球部のマネージャーに告白されたけどきっぱり断りました、と報告した。そしたら、この人の頭の中で何がどう処理されたんだか、「別れようか」なんて真面目な顔で言われて。アンタにはヤキモチ焼いたりする可愛げもないのか。
なんでそうなるんだよって物凄く腹が立って、御幸センパイが困るくらいわんわん泣いた。彼なりの精一杯の慰めを突っぱねて、雨の中へ飛び出した。
あの後、アンタ、泣いてたのか。
濡れて気持ち悪いだろう俺の肩のタオルに額を押し当てて、相変わらずらしくない小さな声で、野球と料理以外のありとあらゆることが下手くそな恋人が言う。
「……好きだよ、バカ村」
「今、バカって言いました!?」
憤慨した声を上げながら、もしかしたら今までにも一人で泣いてたことがあるかもしれないこの人の傍にはやっぱり俺が居てあげないと、と強く思った。
2015.6.17
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