彼について

「俺は止めないよ」と言われたあの時、渡辺はまだ、主将として皆の前に立つ彼以外を知らなかった。同学年の中でも一番遠い存在で、話してみたら更に遠くなったように感じたし、理解してもらおうとすることすら無意識で放棄した程に、遠すぎて何も伝わらないと思った。
 解ってもらえない。御幸の考えていることが分からない。彼のことを何も知らないのだから、分からなくて当然なのに。
 神宮大会が終わるまでずっと、遠くから、時に近くから、信じられないことに隣にすら並んで御幸を見てきた。
 彼に近付くことができた、なんて思い上がるつもりはない。それでも、もしかしたら、と思いを巡らすことくらいはできるようになった。
 つまらなそうに不貞腐れる彼を見ながら、口許をゆるませて考える。もしかしたら。
 表には決して出さなかったけれど、止めないよと言い切ったあの時も彼の心の中には、大好きな野球を奪われた今みたいに、置いてきぼりにされた寂しい子供みたいに、やめてほしくないと情けなく眉を下げる御幸がいたんじゃないか。
 こちらの迷いでずいぶん振り回してしまったらしい彼らに「やめるつもりはない」と伝えた時、こっそり窺った先の御幸は、安心したように微笑っていたじゃないか。



2016.2.7




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