二度目か三度目
一日の汗をシャワーでさっぱり洗い流し、部屋へ戻る途中だった。暗がりから現れたでかい男に、縋るように飛び付かれたのは。
「くらもち、どうしよう!」
真っ先に思ったのは、「あ、こいつまだ風呂入ってねぇ」で、いきなりこんなことをされて不機嫌にならない奴がいるなら是非ともお目にかかりたい。
しかも「どうしよう」の内容がこれだ。
「クリス先輩にキスされた!」
「……へえ。よかったな」
「よくねーよ!どうでもよさそうな顔すんな!」
実際どうでもいいし、別に聞きたくもなかったし。
だいたい何がよくないんだ。大好きな大好きなクリス先輩にされるんなら、キスでもハグでも何でも嬉しいんじゃないのか。
「夢だから思いっきり殴ってくださいって頼んだら頭はたかれたんだけど、それでもまだ目が覚めねーんだよ!クリス先輩優しいから手加減してくれてさ!どうしよう!こんなに寝てたら朝練遅刻だろ!主将が寝坊したらヤバいだろ!」
御幸は必死の形相でまくし立てた。本気で夢だと信じ込んでそうなところが怖い。
夢の中にいるんだと決め付けた挙句、泣き付く相手は別の男か。出来れば俺以外のところに行ってほしかったが。
――クリス先輩、報われねーな。
少しだけ可哀相に思う。本当にほんの少しだけ。
どうして少しなのかと言えば、ずっと御幸を泣かせてきたあの人には、とことん困ってもらいたいからだ。
あいつは泣かないけど。泣きそうな顔を見せる時くらいある。彼に関することでは特に。
御幸は自然と俺の視界に入ってくるから、こんなめんどくさい奴と付き合うのは絶対に御免だ!と心底うんざりしながら、俺はずっと見守ってきたのだ。
未だ離れようとしない男の半泣き顔を、ぐい、と押しやって言ってやる。
「現実なんだろ。諦めろ」
「……うぅぅ」
御幸は頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。どうしても受け入れられないらしい。
クリス先輩のことを好きすぎる御幸に前触れなくいきなりキスなんかしたら、パニックを起こされることは目に見えてるだろうに。あの人も分かってない。
キャプテンの情けない様を冷やかに一瞥し、俺は特大の溜め息を吐き出した。
どうせなら幸せそうに報告しに来いよクソメガネ、とも思ったが、「クリス先輩とキスしちゃった!」だとか言いながら満面の笑顔で駆け寄ってくる御幸を想像してみたらそれはそれでムカつく。想像だけで物凄くムカつく。関節技をかけてもいいだろうか。いいよな。先に汗だくのまま抱き着くという嫌がらせとしか思えない攻撃を仕掛けてきたのは御幸だ。
そもそも。
いちいち夢か現実か見失うほど動揺するのはやめてほしい。
付き合ってるならキスくらいして当たり前じゃないのか。
2015.6.18
back