ほんの一瞬のことだった。何を見たのかということをその後の衝撃で忘れてしまうほど些細なものに気をとられて、一瞬目を離した。それから何気なく隣を見下ろすと、ついさっきまでいたはずの子供の姿がない。
途端、鋭いクラクションが聞こえた。反射的に音の鳴った方を見る。
「コナン!?」
思考と一緒に心臓まで止まってしまいそうな光景がそこにあった。
「いったい何やってんだよ!!」
彼は何故か道路に飛び出した挙句、盛大に転んでいた。
それはもう思い切り転んでいたから体も痛むだろうに、自力で立ち上がったコナンはドライバーに「ごめんなさい」と告げると、向こう側に渡ることを諦めてすぐに歩道へ戻ってくる。
何故助け起こしに行かなかったのかと言うと、あんまりびっくりしすぎて口以外の器官が全く正常に働いてくれなかったせいだ。
とりあえず俺はもう一度「何やってんだ」と喚いた。
そして、突然道路へ飛び出した理由が、蘭が向こう側を男と歩いてた、とかだったら俺はぶん殴っても許されるな、などと不穏なことを考えながら戻ってきた彼を迎えたが。
「快斗、今すぐ警察に連絡しろ」
どうやらもっと大真面目な動機による自殺未遂行為だったらしい。
鋭く命令して走り出す。慌てて追い掛ける。
「だから!理由くらい説明しやがれ!」
幸い相手は子供の足だから直ぐに追いついた。
「今、あの角を曲がった男、指名手配されてる殺人犯だ」
目で信号を捜しながら、潜めた声でコナンが答える。信号が見つからなければ、また道路横断を試みそうな必死さだ。
「…マジかよ」
人通りも車も少ないとはいえ真っ昼間の公道で、突然走り出した俺達を不審に思う通行人がいるんじゃないかと危惧したが、小学生を追って走る高校生の姿は微笑ましい光景として片付けられているらしい。会話の内容はこんなにも物騒なのに。
「俺は現場で顔を見たんだ。間違いねぇ」
だから早く電話してこい、と言われる。
ケータイの代わりにコナンの左腕を掴む。足を止めさせて抱え上げるまで、所要時間は一秒足らず。
両膝に擦り傷をこしらえた子供が走るのを見るのは、痛々し過ぎてものすごく嫌だ。
抗議は全て「俺が走った方が早い」の一言で叩き落とした。
「おい、電話はどうすんだよ」
そんなの、今両手が空いてんのはお前じゃねぇか、とも思ったけれど。
「月下の奇術師と警察の救世主が組んでんだ。犯人の一人や二人楽勝だろ」
「…そうかもな」
コナンは曖昧に、それでも一応は同意を示して頷いた。
その様子にひとつ嘆息する。
「……で、そろそろ本当のこと話す気にはなった?」
「は?」
走る足は止めないまま聞く。
今のうちに切り出しておかないと、いつ逃げられるか気掛かりで仕方ない。
ぎゅっと彼を抱える腕に力を込めた。
「お前の犯したミスは二つ。一つ目は俺のケータイの充電が切れてるのを承知の上で、警察に電話かけさせようとしたこと」
コナンは必死になる余りか、『電話をかけてこい』と口走っていた。
「この場から遠ざけたいってのがもうバレバレ」
「……」
「二つ目はそもそも信号を捜す余裕もなく道路へ飛び出したこと。お前がそこまで冷静さを失う原因っつったら一つしかないよな」
言外に、組織絡みなんだろ、と告げる。
暫し口をつぐんでいたコナンは、やがて呆れたような諦め混じりの声で言った。
「…お前、探偵になれよ」
「ムリだって。俺が見抜けんのはコナンのことだけだし」
それは一瞬でも目や意識を逸らしたら永遠にその存在を失うことになるんじゃないかって、心底不安に思っているからだ。
2012.4.21
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