「俺さぁ、前はコナンに冷たくされたり、すっげー嫌そうな顔されたり、たった一言で約束すっぽかされたりするたびに、ほんとに愛されてんのかなって不安になって、泣きたくなったりしてたんだけど」

 顰めっ面と心配顔で彼を見送る保護者二人に、こちらの声が届かない程度の距離を早足で稼いでから、急ごしらえの愛想笑いを消して第一声を発した。
 腕の中の小さな恋人は、むっつりと黙りこくったままだ。大人しく運ばれるに任せている。せめて気まずそうな顔でもしてくれていれば少しはこの苛立ちも収まるのだろうが、どうせまた心底嫌そうな顔だとか、面倒臭そうな顔を取り繕う気もなく見せているに違いない。

「いい加減愛されてるってことに気付いちゃったから、逃げようとするの諦めたら?」

 コナンはただ黙っている。反論も突っ込みも言い訳もなく。



 病院から家までの道すがら、たっぷり事情聴取したところによると、こんな事態になった経緯はこうだ。 毛利探偵が以前の依頼人からパーティーに招待され、ご家族も一緒にどうぞと言われてついていったら、パーティー会場で殺人事件が起こりました。犯人はすぐに分かったものの証拠が見つからず、無邪気さを装ってつついてみたところ、この子供のせいで毛利探偵に自分の犯行がバレたのだと、犯人からの要らぬ怨みを買いました。眠りの小五郎の推理ショーが佳境に差し掛かった頃、追い詰められて激昂した犯人に刃物で襲われて殺されかけました。おわり。
 コナン曰く、「寝てるおっちゃんの方に行くと思って止めようとしたら、こっちに向かってくるから避け損なって切られた」らしい。
「見た目ほど酷くはねーよ」と続けた彼には殺されかけたという自覚がまるでなさそうだが、傷は肩から鎖骨の辺りを斜めに横切っている。あとほんの少しずれたら首だ。頸動脈を掻っ切られていたかもしれないじゃないか。
 彼が大したことないと主張すればするほど、こっちの感情ゲージが振り切れそうになる。火に油を注ぐのはやめてほしい。

「そういう問題じゃないんだけど」

 やっとのことで感情を抑え込んでそう言った。

「……悪ぃ」

 コナンは困っている時の顔をしていた。おまえはいちいち大袈裟なんだよ、などと言い返してくる時の顔に比べればいくらかマシか、と思うことにする。
 たぶん、彼にとっては事件発生から解決までに起きることの全てが、ありふれた日常の一部でしかないのだ。その過程で自分が怪我をしたからといって、日常から逸脱することも、感情が大きく動くこともない。大切な人たちが危険に曝された時には、容易く感情を波立たせる癖に。
 今日だって、ネットニュースで事件を知った俺がコナンに連絡を入れなければ、彼の受け答えの素っ気なさに不信感を抱いた俺が事件現場近くの病院前で張り込んでいなければ、明日の約束を反故にするメッセージひとつ送り付けられただけで、何も知らされずに終わっていたんだろう。それから数日だか数週間後だかに俺が気付いて問い詰めると、ああ、そういえば、と思い出してみせる。
 この腹立たしい一連の流れを、彼と一線を越えた関係になった頃からずっと、嫌気が差すほどに何度も繰り返してきた。いい加減、俺も学習した。
 コナンが照れ隠し以外で不必要に冷たい態度を取るのは、問い質されたくない何かを抱えている時。やっぱ明日はパス、と理由も言わずに断ってくるのは、俺に会うのが嫌になった時じゃないし、俺が何をしても、何を言っても、コナンは俺のことを嫌いにはならない。



 今日ばかりは無人の家に向かってただいまを言う気になれず、遠慮がちな彼の「お邪魔します」の声だけが玄関に響く。無言のまま小さな足から強力な武器でもある靴を脱がせ、ぽいっとその場に放って洗面所へ直行、床に下ろすこともなく風邪予防の手洗いうがいをさせ、血で汚れた服を着替えさせ、自室のベッドへ連行した。コナンは借りてきた猫のように大人しく、黙ってこちらの表情を窺ってばかりいたが、そっとベッドの真ん中に横たえて布団まで掛けてやると、さすがに困惑顔で口を開いた。

「おまえ、言いたいことがあったんじゃねーのか?」

 暗に、怒らなくていいのかと聞いてきている。俺を怒らせている自覚はあったらしい。にっこり笑う。

「今日は疲れてるだろうし寝ていいよ。話をする時間なら明日一日たっぷりあるし」

 コナンが顔を引き攣らせた。

「……冗談だよな?」
「さあ?」

 沈黙のまま見つめ合う。あくまで笑顔は崩さない。
 先に視線も話も逸らしたのはコナンの方だった。

「……オメーは、どこで寝るんだよ」
「俺は寝ないから大丈夫。朝までずっとコナンのこと見てる」
「冗談、」
「だと思う?」

 にこにこと見つめ続けていると、ゆっくり寝返りを打ったコナンに身体ごと逃げられてしまった。仰向けで寝ないと傷に障りそうで心配だ。宣言通り責任を持って見張らなくては。朝まで。



 ベッドの端に頬杖をついて、秒針と呼吸の音を聞いていた。ベッドサイドの明かりは残しておいたが、見えるのは後頭部だけだからつまらない。ぼんやりと、時折ぐるぐると、つまらないことばかりを考えてしまう長い夜。

「ここにいるのが青子だったらなぁ……」

 思い付くままに呟いた。幼馴染みを好きでいればよかったのかもしれない。恋人同士になれていたらよかった。そうしたらこんな夜はきっと触れ合って抱き合って一緒に眠って、明日は手を繋いでデートに行ってた。
 いきなり約束をすっぽかされたり、小さな嘘をつかれたりして、喧嘩することだってあるだろう。けれど理由はありきたりで、間違っても、殺人犯に殺されかけたから、などではありえないのだ。
 コイツといるとため息ばかりが出ていって、吸うのを忘れて呼吸が苦しくなってくるほどで。

 ──あーあ、本当に。

「おまえのことなんか好きにならなきゃよかった」

 小さな恋人が身動ぎする。
 寝てる訳ないよな。どんなに疲れていたとしても、穴があくほど見つめられながら寝付ける奴じゃない。起きていると解っていて言ったのだ。

「こっちの台詞だバーロー」

 背中を向けたまま返された。突き放すような冷たさはない。俺と同じ諦めが透けて見える声。

 ──でも、好きなんだよな。

 どうしようもないくらい。おまえだけが。

「……なんでおまえしか好きになれないんだろ」

 ぐったりとベッドに突っ伏して嘆いた。衣擦れの音がして体温が近付く。

「なんでだろうな」と言って微かな笑みを溢したコナンは、たぶんその理由を知っていた。



冗談なんかじゃないからね

2019.5.24


 
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