一週間ぶりに顔を合わせてギョッとした。

「なんだよ、その隈!」

それはまぁ、普段から寝食忘れて本を読み耽る彼のことだし、隈自体が珍しいとは言わないけれど。そういった類いの寝不足とは違う気がした。
まず、ここまで憔悴した様子は見せない。それでいて神経は張り詰めているような。

「寝よう」

ぐっとコナンの両手を掴んで、言った。

「…は?」

きょとんとする彼に繰り返す。

「今すぐ寝よう!」

せっかく半ば無理やり取り付けた久々のデートだったが、やむおえない。予定変更だ。

「おい、ちょっと待てよ」

「いいから黙ってついて来いって」

話を飲み込めずにいるコナンの手を引いて足を向けたのは、出てきたばかりの家だった。

休日のデートもいいけれど、二人でのんびり昼寝だとか、そんな過ごし方も魅力的じゃないか。

という訳で本日の目的は、コナンに十分な睡眠をとらせることへと、見事に掏り替わっていた。


隣り合わせの午睡



布団へ入るまでは不満げに文句を零していたコナンも、おやすみと告げれば静かになる。背中を向けて寝る体勢に入ってしまったのは少々寂しいけれど。
背中ごしに伝わる温かさが眠気を誘う。
ふわぁ、とひとつ、欠伸が出る。
窓からはうららかな陽光が差し込んで、正にお昼寝日和だった。
コナンが眠るのを確認したら俺も寝てしまおう。昼寝というものはどうしてこうも抗えない魅力を持った習慣なのだろうか。
昼寝が持つ不思議な力について散漫に考察を続けながら、再び欠伸を噛み殺した。



しかし、困ったことにいくら待っても、隣から寝息が聞こえてくることはなかった。



「…コナン?」

答えの代わりに微かな身じろぎを感じる。

「まだ起きてるよな?」

「…こんな真昼間から寝れっかよ」
オメーじゃあるまいし。

眠ろうとする気も窺えない、素っ気ない答えが返ってきた。

「コナンだって昼寝くらいするだろ。授業中なんてものっすごく眠いじゃん」

「あーゆーのはな、結果的に気付けば寝ているんであって、昼間っから仮眠目的で布団に入った上に、わざわざ眠ろうとする気にはなれねぇっつってんだよ」

とりあえず休息させてしまおうという作戦だったのだが、考え直した方がよさそうだった。
原因を明らかにしない限り、彼は眠ってくれそうにない。
予想よりも問題の根は深かったようで、自然と表情が険しくなる。



「でもさぁ」

意識的に間延びさせた、さりげない口調で切り込んだ。

「夜も眠れてないんだよね。なんで?」

勝手に決め付けて理由を尋ねる。

「………」

反論は返ってこなかった。
先程の流暢さが嘘のように、コナンはだんまりを決め込んだ。

「答える気はない、と」

元より素直に返答を得られるなどとは、カケラも期待していない。

「んじゃ、俺が勝手に当てるけど」
当たったら説明するってことで、どう?

挑むように持ち掛ける。

暫く迷うような間があって、それから、「好きにしろよ」と彼の背中が平坦な声で答えた。



コナンの様子から判断するに、何かがあったことだけは確かだろう。その何かについて彼は、積極的に話すつもりはないが、隠すつもりもないはずだ。もしくはそんな気力もないのか。

身体を起こして考える。眠気はすっかり失せていた。

さて、と思い浮かべたのは、コナンと最後に会った日から今日までの新聞記事だ。彼の身に起きたことは大抵ニュースで推察できる。
記憶にある限り、眠りの小五郎が事件を解決したという記事を見た覚えはないけれど。

割と平和な一週間だったように思う。
逃走すら叶わなかったコンビニ強盗犯、痴漢で捕まった公務員、未解決の殺人事件から一年が経過。
一番大きく扱われたのが、宝石を盗み出してその日のうちに返した怪盗キッドの記事だったことからも、平和さの度合いが窺える。

三日前、四日前と順に遡って、記憶に残された記事を余さず反芻し、五日前ではたと止まった。
隣駅近くの住宅街で、プログラマーが一人殺されている。

「そういや先週の緑台の殺人事件、動機も殺害方法もしっくりこなかったよね…」

犯人はとんだ小物なのに、用意だけ妙に周到で、これは間違いなく黒幕がいるな、と。
もちろん疑念を抱かせるほどの情報が新聞に載っていた訳でもなく、盗んだ宝石を返却する為に警視庁へ潜り込んだ際、たまたま刑事たちの会話を聞いてしまったからこそ、知ることができた内部事情だが。

「コナン、ひょっとして現場にいた?」

「……」

沈黙は肯定したも同然だった。
そして、この名探偵すら警察へ突き出すことのできない黒幕なんて、彼の身体を小さくした組織絡みとしか考えられない。これは全く買い被りでなく。

明らかになった寝不足の原因は、約束通り詳しく説明してくれ、だなんてとても言えない重さだった。

俺はじっと息を詰めて、彼の言葉を待っていた。







シーツへ投げ出された力無い手の平が、きゅっと拳を作って固まった。

「……、ぇんだ」

半分以上は吐息のような、とてもとても小さな声でコナンが呟いた。

「…え?」

さすがに聞き取ることができなくて、もう一度と促す。

「奴らに…気付かれたかもしれねぇんだ」

嗅ぎ回っている探偵が、“子供”だということに。

「…っ!?」

あんまり過ぎる内容に、顔が強張るのが分かった。

「自分で蒔いた種くらい自分でなんとかするさ。ただ、誰も巻き込みたくない」

いつ、仕掛けられるか分からないと言う。感情の抜け落ちたような声で。
片手に携帯電話を握りしめているのは、懸念通り何かが起きてしまった時、即座に対応するためなのだろう。

「眠れるわけねぇだろ」

吐き捨てて、やっとこちらへ顔を向けた恋人は、縋るような目を見せた。

「…コナン……」

茫然と名前を呼ぶ。

――そんなに追い詰められてんのに、どーして連絡してこなかったんだよ…?

毎度のことながら本当に腹立たしい。
まず、俺の中でこれが毎度のことだと認識されてしまっている事実自体がとても悲しい。
いや、弱みを見せてくれないコナンにしては、今日の誘いを受けてくれたこと自体が進歩なのか。それとも、既に強がる気力もないほど疲弊しているのか。

彼は淡々と、続ける。

「俺が眠ったら誰が守るんだ?」
蘭におっちゃん、博士や灰原や子供たちを。

コナンが口に出した名前はそこまでだったけれど、その先も永遠と守りたい人たちのリストは続いていて、最後には顔も名前も知らない他人すら、小さな両手で守りたいと望むのだろう。

「……っ」

その、細い腕を引いて、そっとコナンを抱き寄せた。
相変わらず切なくなるくらい、脆く、軽く、簡単に壊れてしまいそうな子供の身体を。
コナンは抵抗しなかった。

「じゃあさ、」

お前の代わりに丸ごと守るよ、なんて嘘にしかならないことはとても、言えないけれど。

せめて、と願いながら言ってみる。

「コナンが寝てる間は俺が守るってことで手を打たない?」

「何だそれ」

途端、もがいて抱擁から逃れたコナンが、苛立たしげに問う。

「お前、話聞いてなかったのかよ?」
誰も巻き込みたくないって言ったろ。

突き放すような物言いに、

「だったらこっちも言わせてもらうけど!」

ほんの少しだけ腹を立てた。

「俺まで守る対象に入れてるんなら怒る」

図星だったのだろう。コナンはぐっと言葉に詰まった。

「だいたい…巻き込みたくないとか思ったところで意味ないよ?俺、勝手に巻き込まれにいくし」

そう、きっぱりと宣言する。コナンが苦虫を噛み潰したような顔をする。

「お前もいい加減諦めれば?」



ややあって、ぼそりと答えが返った。

「……だからオメーは嫌なんだ」

うんざり顔で言われた言葉を笑っていなして、コナンを再び抱き寄せる。

「わかったならとりあえず寝よう?」
どーせ今のままじゃろくに頭働かないでしょ?

彼の了承を待つことなく、抱き込んだ身体ごとベッドへ転がる。

決して楽観できない状況に置かれていることは、俺だって十分に理解していた。
けれどこのまま気を張り続けていたって、いいことは何ひとつないだろう。
それに、一度休息を取って冷静な探偵の顔を取り戻したコナンと知恵を出し合えば、今よりもっとマシな結論を出せるような気がするのだ。
誰かの隣では眠らないだなんて、追い詰められていくばかりの方法ではなく。
せめて俺の隣でなら、安心して眠れることを覚えていてほしい。



「…わぁったよ」

とうとう負けを認めたコナンが、悔しそうな声でそう言った。



「ねぇ、」

すっかり大人しくなった腕の中の恋人へ問い掛ける。

「なんで今日、俺の誘い受けてくれたの?」

闇雲に思い詰めていたコナンなら、大切な人たちの傍から離れようとしない気がする。
例え強引に誘ったと言えど、今日こうして俺と会ってくれたことを、少し不思議に思っていた。

「…会いたかったんだよ。悪ぃか」

少し間があって、拗ねた顔で喧嘩ごしに告げられた言葉。

「そっか」

悪くない、嬉しいと笑って、赤くなった頬へ口づけた。
そして手のひらで彼の両目を覆ってしまう。

「もう大丈夫だから、おやすみ」



往生際悪く瞬きを続けていたコナンから、穏やかな寝息が聞こえてきたのは、それから数分後のことだった。







隣にある寝顔を眺めているうちにいつの間にか眠ってしまった。言い訳するようだが俺だって寝不足気味だったし、危機感なんて吹っ飛ぶほど穏やかな陽気の午後だった。
結局二人して夜まで寝過ごして、元気になったコナンに思いきり怒られた。

「オメーが守るんじゃなかったのかよ!」

しかも目を覚ました原因は、何も言わずいなくなっていたコナンの身を案じる居候先からの電話だったものだから、笑える。

「コナンのことは守ってたよ。こう、ギュッと抱きしめて寝てたし」

「そういう問題じゃねぇだろ!」

じゃれあいのような口論を続けて、このまま泊まっていくことになった恋人との夜が更けていく。

あと、少しだけでもいい。
穏やかな日常の中にいることを、どうか許してくれないか。
せめて失うことに怯えきった恋人が、いつもの笑顔を取り戻すまでは。



END

快コで何かお話を、ということで、薄暗くないネタを探し続けて早一年と数ヶ月…大変長い間お待たせしたあげく、こんなお話しか書けなくて申し訳ないです。これが今の私の精一杯です。

書き直し・返品等、ご要望ありましたら受け付けますので遠慮なく言ってください。
リクエストありがとうございました!
2012.8.15


 
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