1

どうして素直に伝えられないんだろう。
嫌われたくないから?望む答えが返ってこないことが恐いから?
結局はそれだけアイツのことが好きなんだ。
それが悔しくて堪らなくて。
いつも本当の気持ちだけが言えない。


持て余すほどの



「おまえ、キッドだろ」
年齢は本来の俺と同じくらいで恐らく二代目、そして素顔で俺に化けられるくらい工藤新一に酷似している人物。
怪盗キッドが姿を消した八年前に事故死したマジシャンの息子である黒羽快斗にたどり着くのは、拍子抜けするくらい簡単だった。

さっそく通っている高校を突き止めて、帰り道で待ち伏せしてやったというのに。
「やっと見つけてくれたんだ」
黒羽快斗は、警戒するどころか嬉しげに笑う。
「…何でそんなに呑気なんだよ」
別に逃げてほしかった訳ではないが、予想外の反応に戸惑ってしまう。
しかもコイツの言いぶりじゃあ、俺が見つけるのを待ってたみたいじゃねぇか。
「だって、コナンは俺を捕まえにきた訳じゃないだろ」
「……」
その、通りだ。顔を見に来たのも声を掛けたのもただの好奇心で。
あの気障な怪盗がどんな顔で日常を送っているのか、ちょっと興味が湧いただけ。
「ま、知ってると思うけど俺、黒羽快斗。改めてよろしくな、江戸川コナンくん?」
捕まえるどころかたぶん捕まってしまった。屈託なく笑いかけられたその時から。



ようやく知り合った昼間の彼は、何処にでもいそうな高校生だった。馬鹿みたいにお人好しで、優しいところは変わらなかったけれど。

「俺にも敵対してる組織があるの、気付いてるよな」
声が届く範囲に誰もいないことを確認してから、彼がおもむろに口を開いた。
「あぁ」
軽く頷いて認める。キッドの犯行現場で、警察以外の追っ手と鉢合わせしたことも数回あったのだ。
「調べてるとさ、時々別の組織の情報も引っ掛かるんだ」
彼は思わせぶりな言葉を続ける。
「…情報を売るっていうのか?」
警戒心もあらわに問い掛けた。
「まさか。交換しようってこと。どうせ名探偵も何か掴んでんだろ、こっちのこと」
「…一応な」
鉢合わせた直後に一通り調べてある。父親のネットワークを使ったり、それとなく警察に探りを入れてみたり。
「だったら仲良くなるのも悪くないんじゃない?」
お互いの目的を果たすために協力してみない?
持ち掛けられた提案を怪訝に思う。
彼が知らなそうな情報も、多少握っていることは認めるけれど。
「おまえのメリットは少ないと思うぞ」
中身はともかく、俺は子供でしかない。掴める情報なんてたかが知れている。そんなことコイツが分かってないはずないと思うのだが。
「十分あるって。俺、コナンのこと好きだしさ」
仲良くなりたいって思ってたんだ。

そんなことを、あまりにもさらりと言われてしまったから。
どういう意味を含めた言葉だったのか、聞き返すことができなかった。


それからも快斗は俺を、好きだと言う。挨拶代わりのように繰り返すから、たいした重さなんかないんだろう。
お人好しで優しい彼のことだから誰にでも言ってそうだし。
同じ笑顔で屈託なく。
何気ない一言に重い意味を求めてしまうのは、同じほどの重さを込めてほしいと望んでいるから。
泣き喚いて、駄々をこねて、それで手に入るのならやってみたいと思うほど。追い掛けても追い掛けても届かない。夜を舞う白い彼と同じように。
こんな子供じみた感情を覚えたのは初めてだった。




情報交換なんて、あっという間に建前でしかなくなった。
同い年で話も合って、嘘や偽りのいらない相手。自然と顔を合わせる機会が増えていった。
たいていは、下校途中に快斗と会う。
普通の友人同士のように、何てことない会話をして笑う。
その、下校途中で会うという状況を、さすがに訝しく思い始めたのは二週間ほど経った頃。

「おい、どうして小学校より先に高校の授業が終わるんだよ」
おまえ、サボってるだろ。
「あー、バレちゃった?」
半ば呆れ声で決め付けてみれば、非常に軽い答えが返ってきた。
「出席日数とか足りてんのかよ。どうせ普段から真面目に出てないんだよな?」
「その通り。実はそろそろヤバいかもなぁ」
ちっともまずいとは思っていなそうな顔で、そんなことを言う。
サボってばかりだろうが出席日数が足りなかろうが、コイツなら何とかしてしまうような気がしたけれど。
万が一俺のせいで留年されたら何となく嫌だ。
「…仕方ねぇから俺が高校の方へ行ってやる」
ため息をつきながらそう言った。
翌日には己のその言動を、深く後悔することになるのだが。



2

そんなもの見せつけるなよ、と思う。
言える資格もないから、不機嫌顔を晒して黙っている。



「快斗くーん」
「今、帰り?」
「またマジック見せてよ」
アイツが視界に入ってからの数十秒。次から次へと声を掛けられて、全員にいちいち笑顔で答えて。
ちょっとした距離なのに声も届かない。
ヒラヒラと揺れるスカートの群れ。羨ましくなんかない。ただ憎たらしい。
この、不快な胸のざわめきを、一体何処へ逃がせばいいんだろう。



「おせぇよ黒羽」
ようやく駆け寄ってきた男の、顔を見もせず文句を吐く。
「またそれー?」
すると、不満げな、気の抜けるような声が返ってきた。
「そろそろ名前で呼んでよ。それじゃあ他人同士みたいじゃん」
「実際赤の他人だろーが」
顔だけは嫌みなほど似てるがな。
「赤の他人って…俺まだ知り合いとすら認識されてないの?」
「顔と名前は知ってんだから、一応知人ではあるんじゃないか?」
捻くれた答えを返しながら思う。
本当は、一番、蘭よりも大切で、失うことが恐いんだ。
それで、快斗にとっての俺は何なんだろう。
友達くらいには思われている気がする。それでも敵同士だった頃に比べれば随分な進歩だが。

「その子誰?黒羽くんの弟?」
校門前に立ち止まっていたせいで、また知り合いらしき女子生徒が寄ってきた。
「弟じゃねぇって」
否定する快斗の隣で、仏頂面を隠してにっこり笑う。
「でもそっくりじゃん。可愛い!」
「血は繋がってないんだけどな」
作り笑顔の上手さなら誰にも負けないと思う。
だけどコイツは、いつも心から笑っているように見えるから。
制服の裾を引っ張ってやりたい。いい加減こっち見ろよと蹴っ飛ばしたい。
無邪気に甘えられる子供だったらよかった。
独占欲なんて抱きもしない大人だったらよかった。
中途半端すぎるこの存在では、何もかも思うままになりやしない。

「ふぅん。あ、そうだ。黒羽くんはこの後何か予定ある?」
快斗への好意を隠す必要なんてなく、素直に笑顔を向けられる彼女が少しだけ羨ましかった。
「今日は先約ありだから。また今度誘ってな」
快斗と下校ラッシュの中を歩いていると、同じようなやり取りが何回も繰り返される。
呼び止められて、その度に繰り広げられる楽しげな会話。
友達のこと、教師のこと、行事のこと、それから放課後のお誘い。
立ち止まって話し込む快斗の横で、子供の仮面を被り続ける。
ようやく人通りが少なくなった頃には、作り笑いのまま表情が固まりそうになっていた。



「疲れないのか?いつでもニコニコ愛想振り撒いてさ」
嫌々を装いつつも、こうしてわざわざ高校まで出向いているのは、快斗に会いたいと思うからだ。
そして今また、当たり前のように並んで歩いていても知り合う前よりずっと、その存在を遠く感じるばかりだった。
苛立った声になるのも止められない。
「別に?意識してる訳じゃないしね」
快斗には、どんな言葉をぶつけても軽くかわされる。
それで何もかもお見通しみたいに笑うんだ。
更に腹が立って悪循環。
「おまえのヘラヘラ顔見てるとイライラする」
思わず口走ってしまってから、これでは嫉妬しているみたいじゃないかと気付いた。
「そんなこと言われても…」
少し困惑したような声が返ってきて、慌てて言い訳じみた言葉を重ねる。
「その顔を見るのが嫌なんだ、分かるだろ?それともわざと俺に見せ付けて面白がってんのか?」
誤解されそうな言い分の中に本音を込めて。
「本当無神経だよな、おまえって。俺の気持ちなんかどうせ考えたこともないんだろ」

「…そんなに、似てるかな」
「え…?」
ぽつりと落とされた言葉に快斗を見上げると、その顔から笑みは消えていた。
「ごめん、確かに全然分かってなかった。これからは電話にする。それとも、声を聞くのも不愉快なの?」
「別に…そういう訳じゃ…」
快斗が“工藤新一”に似ているから嫌なのだと、そうやって受け止められそうな言い方をしたことは認める。
けれど、本当に嫌なら俺から会いに行く訳ないのだから、それくらいのこと快斗なら分かっているんだろうと思っていた。
この想いも、持て余すほどの感情も、全部見透かされてるんじゃないかって勝手に思い込んで。
「確かに、わざわざ会う必要なんかなかったよな」
快斗は少し沈んだような声で話し続ける。
今更、先程の発言をどう取り消せばいいのか分からない。
「俺がコナンに…会いたかっただけなんだけどさ。勝手でごめんな?」

結局、何も言えないまま別れてしまった。



「期待持たせるようなこと言ってんじゃねぇよ」
曲がり角の先で呟いた。

“会いたい”だって“好き”だって、特別が付かないと嫌なんだ。そんなことアイツは思いもしないのに。



3

「今日は公園で野球やろうぜ!」
今日もまた依頼がひとつも来なかった少年探偵団の面々は、気を取り直して放課後の予定を立て始める。
「天気もいいですしね」
元太の案に光彦が頷き、最後に満面の笑顔で振り返る歩美。
「もちろんコナンくんと哀ちゃんも来るよね!」
「私は別に行ってもいいけど…」
断れない雰囲気が漂う中、灰原がちらりとこちらを見遣る。
「俺はパス」
誰とも目を合わせないようにして言い切った。
「えぇーっ!」
「またかよ」
「コナンくん、君には少年探偵団の一員だという自覚がちゃんとあるんですか?」
一斉に起きるブーイングは耳に痛かったが、昨日の今日では呑気に遊ぶ気など起きないのだ。
「いーじゃねーか。別に依頼がきた訳じゃねぇんだろ」
素っ気なく言って、先にたって歩いた。
「まーたコナン抜きかぁ」
「つまんないのー」
元太たちも、ぶつぶつ言いながら後に続く。

「工藤くんは」
すぐに灰原が隣へ並んだ。
「今日も彼との約束があるのかしら?」
質問というよりも確認だった。
既に決まりきっていることみたいに。
「…なんでそんなこと…」
うろたえてしまって言葉に詰まる。
「貴方わかりやすいのよ。朝から携帯ばかり気にしているじゃない」
くすりと笑う灰原には、快斗に向けた俺の想いなんて、すっかりバレバレなんだろう。
「今日は…ちげぇよ」
そもそも、約束なんてしたことないしな。
「そう」
軽い相槌を打ったきり、灰原は何も言わなくなった。
無理に事情を聞き出したりしない、灰原の気遣いがありがたかった。



次の曲がり角で、元太たちと別れて一人になる。
きっと小学生には相応しくない表情で、どうしようもなく深いため息を落とす。
冷静になってみれば何もかも、後悔したいことばっかりだ。
「はぁ…」
指摘されなくても自覚はしている。気付けば携帯を睨んでいることくらい。
元々用事があって顔を合わせていた訳ではないのだから、電話がかかってくるはずもないのに。
そもそも素直に謝れるような可愛いげがあるのなら。嫉妬心を隠すために、誤解してくれというような言動へ走ったりはしない。

残念ながらというべきか、快斗は全く悪くなくて。
誰にでもへらへら笑い掛ける快斗には腹が立つけれど。
俺が勝手に苛立ちをぶつけてしまっただけ。

「謝らなきゃ、な」
俺から動かない限り、下手したら一生このままだ。

昨日会ったばかりなのに、もう会いたいと思う。
快斗へ嬉々として声を掛ける女の子たちのように、分かりやすく好意を示したりなんかできないけれど。
ただ、挨拶代わりの“好き”に動揺して狼狽して心臓をばたつかせるばかり。
情けないと思う。でもどうしようもない。

迷いながらも、一応江古田方面へ足を向けてみた。細かいことは着いてから考えればいいと思って。
高校が近付くにつれ、自然と足取りが重くなる。
謝ったとしても、また同じことを繰り返すだけだ。快斗がただの知り合い、もしかしたら友人、である以上は。
どうすればいい?好きだとでも言うのか?
自分の考えが滑稽すぎて笑いたくなった。



集合住宅の辺りを通りかかった時、何気なく空を見上げてみて。
上から何か降ってくると思ったら、人だった。

「ぅわっ!!」

瞬時に右へとステップを踏む。
俺の1、2メートル横へ落下地点を定めたらしいその体は、ぐしゃりと音を立てて地面に叩き付けられた。
服装からして女性だろう。
どう考えても息があるようには思えない。
一体何処から転落したのだろうか。
視線を巡らせてみると…
屋上に、人影…?


「お兄さん!早く警察の人を呼んでっ!」
たまたまその場に居合わせてしまい、腰を抜かしている住人らしき男に一言叫んで、俺は屋上へ向かうために建物の中へと駆け込んだ。



4

「犯人、捕まってよかったね」
散々ヒントを出して誘導したのだから捕まって当然なのだが。
ここは子供らしくにっこりと、人の善い巡査部長へ笑い掛ける。
「あぁ。でもすっかり遅くなっちゃったなぁ」

亡くなった女性が自殺したのではなく殺されたのだということは、早い段階ではっきりしたのだが。なにぶん容疑者が多すぎた。
この集合住宅の外へ出ていないことは目撃者の証言で分かったし、犯人がここの住民であることは間違いない。しかし被害者の女性は妙に顔が広かったため、なかなか絞り込めず、やっと犯人にたどり着いた頃には夜の9時を回っていた。
高木刑事もすっかり疲れ顔だ。

「とにかく送っていくよ」
「僕、一人で大丈夫だよ?」
断れるはずはないけれど、一応言ってみる。
「けど、最近物騒だし…」
渋る彼を見ていたら、ふと名案が思い浮かんだ。

「…じゃあ、快斗兄ちゃんに迎えにきてもらうね!」
「黒羽くんに?」
「うん!快斗兄ちゃん近くに住んでるし、今日泊まりに行く約束してたんだ」
自分でも呆れるほど出鱈目ばかり並べながら、携帯電話を取り出した。


あんな言葉をぶつけてしまったのに、どうやって話し掛ければいいんだとか、何を話せばいいんだとか。
推理の合間すら快斗のことが頭の中を過ぎった。
事件は解決したけれど、結局この答えは出ないまま。
だったら今、何も知らない大人の前で、猫被りの電話を掛けてしまおう。
この機会を逃さない手はない。
冷静さなんて何処かに放り投げて、勢いだけで迷いなく通話ボタンを押した。


『…もしもし…?』
幸い快斗は、すぐに電話へ出てくれた。
「あ、快斗兄ちゃん?僕、コナンだけど」
『…コナン?』
いきなりの子供演技のせいか怪訝そうな声が返ってきたが、ここは無視。
「泊まりに行く約束してたのに、電話するの遅くなっちゃってごめんね」
『え?!ええと…』
「今、高木刑事にかわるから」
そのまま何も説明せず、高木刑事へ携帯を渡す。
「もしもし、黒羽快斗くん?本庁の高木です……あ、いや、事件のせいでコナンくんをこんな時間まで引き止めちゃって、悪かったね。一人で帰すのは危ないから、迎えにきてほしいんだけど。場所は…」



「コナン!」
駆け込んでくる快斗の姿が見えたのは、それから数分後のことだった。
やけに来るのが早いなと思った途端、屈んで目線を合わせた快斗から睨みつけられて瞠目する。
「こんな時間まで何やってたんだよ?!蘭ちゃんすごい心配して、俺の家にまで電話かけてきたんだぞ?」
「え?!蘭さんに連絡してなかったのかい?」
目を丸くした高木刑事に聞かれて、首を傾げた。
「メール、したと思うけど…」
一抹の不安に駆られて送信メール一覧の画面を確認すると、赤いバツ印のアイコンが。マジかよ…
「…送信できてなかったみたい」
アハハと笑ってごまかしてみる。
そういえば送信ボタンを押した後は事件に気を取られて、ろくに画面も見ていなかった。
その結果、山ほど届いたメールと、ずらりと並ぶ着信履歴。
「とりあえず、さっき俺から連絡しといたから」
早く帰ろう、と快斗が言う。
場所を明言しなかったのは、俺がついた嘘を考慮した結果だろう。
「じゃあコナンくんをよろしくね。僕は本庁に戻るから」
「わかりました。お疲れさまです」
礼儀正しく答える快斗に軽く頷いた後、高木刑事は屈んで俺と目を合わせた。
「コナンくん、あんまり蘭さんに心配をかけたらダメだよ?」
言い聞かせるような言葉に笑顔で頷いて。
最後に残されたパトカーも、静かな住宅街を去っていく。
そうして快斗と二人きりになった途端、その場を気まずい沈黙が包んだ。



5

「…なんでこんなところにいるの?」
向かい合った快斗が、やっと口を開いた。
「……」
確かに、快斗が訝しく思うのも尤もだ。
通学路からも大きく外れているこんな場所に、一人でいるなんて。

「…謝りに行こうと、思ったんだ」
上手い説明が見つからなくて、率直に事実だけを述べてみる。
「けど、謝ったところでどうなるんだ、何が変わるんだって思って」
どうすればいいか、分からなかった。

思うままに、言葉を重ねる。

今も、全く分からない。このぐちゃぐちゃに絡まり合った思考が、何と言えば快斗に伝わるのか。

「そしたら途中で、たまたま殺人事件が起きてな」
「…またまた、の間違いじゃない?」
俺の言い分を聞いた快斗が、ぎこちなく笑った。
「そう、だな」
とんでもない事件吸引力を持っていることなんて、とっくに自覚しているから。

「とりあえず歩こ?」
快斗に促されて、結局数時間に及んで足止めをくらった、集合住宅の敷地からようやく離れる。
入り込んだのは、来た時とは別の細い道だった。
人通りもなくて、すっかり静まり返っている。

「コナンが謝る必要なんかないよ?」
振り返らないまま、快斗が言った。
「俺が、コナンの気持ち分かってなくて無神経だったからいけないんだし」
「いや、あれは…」
必死で言葉を探すけれど、何も見つからない。
「俺、コナンがこの顔嫌ならさ。原形が分からなくなるくらい傷だらけにしてもいいよ」
「んな、冗談笑えねぇんだけど…」
見上げた横顔は笑っていたから余計ゾッとする。
一体いつの間に取り出したんだか、手の中で弄んでいるその文房具は何なんだ。
「冗談なんかじゃないからね。好きな人に、顔のせいで嫌われてるなんて嫌だから」
「好きな、人?」
“好き”
すっかり聞き慣れてしまった言葉。
でも、今の“好き”は。
いつもより何だか重い気がした。
「誰のこと?とか言わないでね。コナンに決まってるだろ。何回も言ったじゃん」
「へ…?」
「似てるのがいけないなら変えればいいのかなとか、そんなこと考えちゃうくらい本気なの。分かってくれた?」

全く本気だとは思っていなかったというか、今やっと気付いたというか。
つまり最初から快斗とは両想いで、俺が何にも分かっていなかっただけなのか…?
顔を合わせる前より更に、頭の中がこんがらがっているけれど、とりあえず今、言うべきことは…
「十分わかったからそこにあるカッターは早くしまえ!!」
さっきの今で、また警察呼ぶ羽目になったらどーしてくれるんだ!
「あー、ごめん」
素直にポケットへしまったりせず、見事に消してみせるところが快斗らしいと思う。
ほら、やっぱり俺には似てない。俺はたぶん、似てないところに強く惹かれた。
「…黒羽と“工藤新一”を重ねたことは一度もない」
おまえと俺は、全然違うから。
俯いたまま呟いた。
「でも、昨日、そう言ってた」
「あれは、何て言うか…勢いでさ。本当は…」
こんなこと、顔を見てなんて絶対に言えない。

「…おまえは俺にだけヘラヘラしてりゃーいいんだよ、
って」
言いたかったんだ。

「え、それって…」
快斗が、呆気に取られた顔をして固まった。
それを見て、早くも口にしてしまった言葉を後悔する。

「…あのさ、もしかして…ヤキモチ妬いちゃったの?」
「俺に聞くな」
「俺、ひょっとして期待しちゃってもよかったりするの?」
「だから!聞くなって言ってるだろ」
自分で考えろと顔を背ける。
「下手な期待をするのは嫌なんだ。あとで絶対落ち込むから」
「おまえ自信家じゃなかったのか?」
「コナンに関しては自信なんてカケラも持てないよ」

いつの間にか足が止まっている。
自信は持てないと言いながらも、縋るような目をして俺を見ていた。
検討外れだなんて、言えない強さで。

「…たぶん、おまえが思ってる通りで正解だぞ」
女に言い寄られてるどころか、普通に会話してるだけでも苛つくし。
こんなに独占欲が強かったなんて、思いもよらなくて持て余してる。
「…重くて、悪かったな」
不安を隠してふて腐れてみせる。

「コナン…!」
途端に、ストンと膝をついた快斗が抱き着いてきた。
「全っ然重くなんかないって。コナンが俺のこと独占してくれるならすごく嬉しいよ。その代わり俺もおんなじこと求めるけど」
苦しいと零せば、抱き上げられる。
「気付いてないの?俺の方がコナンよりもっとヤキモチ妬きまくってるし、独り占めしたいって思ってる。どう考えても俺の方が絶対重いから。俺、コナンに好かれてるのかどうかも分かんなかったし」

何にも分かっていなかったのは、お互い様だったらしい。
もう少し素直に快斗の言葉を聞いていたら、こんなに悩む必要なんかなかったと思う。

「俺ね、初めて会った時から好きだったんだよ、コナンのこと」
「…顔合わせた日に言ってたな、そういえば」
今思えばあれが告白だったのか。あっさりすぎてちっとも分からなかった。
「違うって。もっと前だよ。
杯戸シティホテルの屋上で会った時からずっと、好きだった」
真っ正面から真摯な声でそう告げられて、まともに言葉が出てこなくなった。
きっと俺は今真っ赤になって、ものすごくみっともない顔を曝しているのだろう。
考えたらじっとしていられなくなって、甘い空気を霧散させるようにジタバタともがいた。
「いいかげん、下ろせよっ。ガキ扱いすんじゃねー」
それでも快斗は、ガッカリするでもなくにんまりと笑うのだ。
「気に入らなかった?じゃあ大人扱いで」
笑んだままの唇が近付いてきて、避ける間もなく重なった。

「当然、こーゆーこと込みの好意でいいんだよな?」
口づけてからそんなことを尋ねる快斗に呆れた。
「…事後確認かよ。しかもここ外だぞ…?」
「大丈夫!誰もいないことは確認済み」
相変わらず機嫌の良さそうな快斗の腕から、ようやく解放されて地面の上へ。
「そういう問題じゃないだろ…」
常識とか、モラルとか、世間の目とか。気にすべきことは他にも山ほどある。
「いいじゃん。俺ら元々常識外れだし」
「おまえと一緒にすんな」
怪盗やってるコイツに比べれば、小学生探偵なんてそこまで常識外れではないと…思っていたい。

何だかんだ言い合っているうちに大通りへ出た。
「で、この後どうしよう?」
何というか、すごく今更すぎることを聞かれる。
「おまえの家へ向かってたんじゃないのか?」
言ったろ?泊まりに行く約束してたって。
勿論、とっさに思いついた嘘だったのだが。
「一応そのつもりだったんだけど…やっぱ今日は泊めるのムリ」
「…なんでだよ?」
「母さんは出掛けてていないから、コナンと二人っきりなんだよ?このまま連れて帰ったら間違いなく襲う…」
「それで、何か困るのか?」
悶々とする快斗に問い掛ける。
「すっごく困るよ。手出し出来ないのに同じ場所で寝るなんて拷問じゃん!」
「そーじゃなくてさ…」

そこまで一心に、快斗から求められていることが嬉しかったから。
別にいいかと思ったのだ。
「俺は…いいって…言ってんだよ」
「え…?」
戸惑って、目を瞠って、最後は嬉しげに破顔する。

「俺、丸ごともらっちゃっていいの?」
「…好きにすればいいだろ」
更に熱ののぼった顔で、素っ気なく告げた。

その後はろくに会話にならなくて、ぎこちないけれど気まずくはない沈黙が続く。
顔を見るのも気恥ずかしくて、仲違いしているかのようにそっぽを向いて歩いた。
二人ともそれぞれ、高まる鼓動と微熱を抱えたまま。

結局“好き”の一言すら言えない俺だけど、快斗が誰より大切なのは本当だから。
それくらいおまえなら分かるよな?


たぶんもうすぐ家に着く。



6

「ただいまー」
開いたドアの向こうは真っ暗だった。
快斗がパチリと明かりを点す。
「…お邪魔します」
「どーぞどーぞ」
初めて入ったはずなのに通い慣れた場所のように感じるのは、快斗と同じ香りがするからだと思った。



そのまま家の中を見て回るでもなく、快斗の自室へ直行する。

一瞬で着ていたシャツを脱がされて、気付いたらベッドの上だった。
さすがマジシャン、と感心するよりも呆れてしまう。
ぎしりと。ベッドの軋む音までやけに耳に響く。
背中に触れるシーツがひんやりと冷たい。


「おまえ、何でそんなに慣れてるんだよ」
手際がよすぎる。
仰向けに転がされたまま快斗を見上げた。
「慣れてないって。ほら俺、元々器用だからさ」
Tシャツを脱ぎ捨てて覆いかぶさってきた快斗の顔は、いつもと変わりないように見える。
俺だけがやけに緊張しているようで癪だった。
「そんなガチガチにならないでよ。ますます悪いことしてる気分になるじゃん」
「別に固まってなんかっ」
ムッとして言い返した俺の右手を快斗が掴んだ。
「大丈夫。俺だって十分緊張してっから」
分かるだろ?
手の平が快斗の胸の上へ押し当てられる。
確かに心臓の鼓動は伝わってくるけれど…
初めて触れた素肌の感触に狼狽して、正直速さを感じるどころではなかった。
思わず強引に腕を取り返す。
そんな俺の様子を見た快斗は小さく笑って。
再び文句をぶつけるより早く唇が重なった。
味わうように唇を吸われて、息苦しくなっても離れてくれない。
両手で体を押し退けようとしても、すぐに力なんて入らなくなった。
抗議のために口を開けば、すかさず舌が入ってくる。
絡まる舌が、熱いと思う。
口腔を思うままにかき回され、歯列の裏側を舐め上げられる。
飲み込み切れなかった唾液が、ほてる頬を辿って流れていく。
「…は……っ」
やっと口づけを解かれた頃には、すっかり息が上がっていた。
「ごめん、苦しかった?」
快斗はそう言って濡れた唇を舐める。
「おまえ、いきなり、がっつきすぎだっ」
「仕方ないじゃん。ずっと我慢してたんだから」
息絶え絶えの抗議も軽くかわされ、随分大きく感じる手の平が、素肌をゆっくりと撫で上げた。
「俺、もうイロイロと限界なの。手加減なんて絶対無理だし」
指が胸の粒を掠めて、擽ったさに小さく身じろぐ。
「…どしたの?」
その動きを見逃すはずもない快斗は、耳たぶを甘噛みしながら囁いた。
「感じちゃった?」
「…ちげーよ。くすぐったかっただけだ」
寧ろ、吹き込まれた声に身体が熱くなる。
「でも、くすぐったい場所は感じるって言うしさ」
胸を這う指が小さな突起を摘む。そのままこりこりと押し潰され、爪先で軽く引っ掛かれて体が跳ねた。
「そ、れ…やめろっ」
「なんでー?」
問い掛けながらも快斗は手を止めない。答えなんて元々求めていないように。
さっきまでと逆の突起にも、同じように愛撫を重ねる。
「っ…だから、やめろって!」
「指は嫌?だったら舐めていい?」
「は、ぁ?」
言われたことを理解する前に、熱い舌が胸を舐めあげた。
「っん……」
ツンと尖った突起を舌先で転がされ、甘い感覚が全身に広がる。
思わず声が零れそうになって、きつく唇を噛み締めた。
「気持ちいーい?」
一旦、唇を離した快斗が言う。
「…聞くなよ、んなこと」
答えられる訳ないだろうが。
「ホント素直じゃないんだから。こっちはちゃんと…」
またもや、止める間もない早業で薄手の半ズボンを足から抜かれた。そして快斗の指が下着越しにそこへと触れる。
「気持ちいいって言ってるのにね」
「なっ……さわん、な…!」
「さわって、じゃなくて?」
意地悪く囁きながら、そこを柔らかく揉みこんでくる。身をよじっても逃げられない。
すぐに下着も脱がされてしまった。
「…は……ぅ…」
直接触れてくる手の平に甘く擦り上げられて、どんどん熱が高まっていく。
羞恥心も戸惑いも遠のいて、快感を追うことしか出来なくなった頃。

「…っ?!」
愛撫の手は止めないままで、快斗の指が思いも寄らない場所へと触れた。
「おいっ、何でそんなとこ…っ」
思わず目を見開いて快斗を見る。
「俺、お前の中入りたい」
快斗は、見たこともないような表情を浮かべていた。
欲情を孕んだ熱っぽい眼差し。
「ダメ…?」
そんな、しっとり濡れた目で見つめられると負けそうになるが。
「…だめ、っていうか…無理だろ」
今だけは絶対負けてはいけない、と思う。
「大丈夫。慣らせばなんとかなるから」
「なんとかって…」
少しどころではなく不安を覚える。
「俺がコナンに痛い思いさせる訳ないだろ?だからコナンはおとなしく感じてて」
「そ、んな、無茶なこと…」
「この状態で入れるなとかそれこそ無茶だから」
固くシーツを握り締めていた小さな手は、長い脚の間へと導かれる。
服の上からでも十分に分かる、熱くて硬いものの感触に驚いて一瞬で手を引いた。
「な?こういう訳だから諦めて?」
額から汗が、一筋流れる。
言葉とは裏腹の強引な腕が脚を開かせ。
了承なんて告げていないのに、とろりと濡れた指が閉じたままのそこへと侵入を始めた。



快斗は気が遠くなるほど時間を掛けてゆっくりと、硬くすぼまった蕾を解していった。
最初はほっそりとした指一本すら拒んでいたのに、今やすっかり濡れそぼって、耳を塞ぎたくなるような水音を立てている。
「そろそろ、いけるかな…」
快斗が、独り言のように呟いた。
「ちょっとゴメン」
難なく身体をひっくり返され、腰を高く掲げられる。
強いられた姿勢に抗議をぶつけても、この方が楽だからなどと言って取り合ってくれない。
ちらりと振り返り見た快斗は、下肢に纏った衣服を忙しなく脱ぎ捨てて。
「いい?力抜いててね?」
散々慣らされた脚の奥に、熱くて脈打つものの先端が押し当てられた。



じわじわと奥まで入り込んできた快斗が荒い息を吐く。
「っ、さすがに、きっついな」
元々だいぶ無理のある行為をしているのだから当然なのだが。
それでも、想像していたほど酷い痛みを感じることはなかった。

「なぁ、もうちょっと緩められない?」
「ム、チャ…言うなっ」
声を出すのにも一苦労だというのに。
「…大丈夫?」
気遣うような声を出すくせに、繋がった場所をゆっくりと穿つ。
「…んな訳、あるかっ…さっさと終われ…っ」
「そんな勿体ないことできないって」
身体の前に回された手の平が未成熟な性器を包んだ。
「っ、く……!」
抽挿のリズムに合わせて扱かれ、先端からとろりと濡れ始める。


「ね、…好きって言ってよ…っ」
次第に速くなる抜き差しの合間に、快斗が甘い声で囁いた。
「だ、れが……言うか…っ」
息も絶え絶えになりながら突っぱねる。
「はい、リピートアフターミー!快斗大好き!」
「…は…っ…バ、カ、イ、トっ!」
「“バ”はいらないし“好き”がないじゃんっ」
言う通りにしなかったことに対する仕返しのように、いっそう深く抉られて。
頭の中が真っ白に染まる。
「―――――ッ」
震える性器を手の平でやさしく絞られて、がくん、と跳ねた身体から熱い飛沫が吹き出す。
「う……っく」
そして、小さく呻く快斗の声が聞こえた直後、びくびくと痙攣する身体の奥に、灼けるような熱い雫を感じた。



「はぁ…っ…」
荒れたままの息を吐きながら、どさりとベッドに身体を預ける。
快斗はぐったりと俺の上へのしかかってきて、息も整わないまま潰されるかと思った。
「…重いっ…!」
きつく絡んでいる腕を解こうと、必死でもがく。
「さっさと、どけよ。殺す気か?」
「…ムードないなぁ」
快斗が小さく笑って身体を起こした。
「コナン、動ける?シャワー浴びないと気持ち悪いよな?」
「たぶん無理」
力なくかぶりを振って、湿ったシーツへ顔を伏せる。
「オメーもちょっとは手加減しろよ。俺は小学生なんだぞ?」
「…けっこう加減したつもりなんだけど…」
自信なさげな声が返ってきた。
「あれでかよ…」
加減しなかったら一体どうなるのか。ものすごく考えたくないなと思う。
「濡れタオル持ってくるからちょっと待ってて」

「…快斗」
慌てて立ち上がった恋人を呼び止める。いつか乞われたように、名前を呼んで。
「ついでに水も頼む」
「りょーかいっ!」
用を言い付けただけなのに、満面の笑顔が向けられて。
こんな快斗の表情が好きだ。
もう一度、同じ笑顔を見られるのならば。
声に出してみようか、あの一言を。


おまえが“好き”だよ。
こうなった以上は、絶対に誰にも渡さないから。
せいぜい覚悟しておけよ?



END

リクエスト内容は「快←コ風味で、嫉妬から擦れ違い、最後は裏も込みの甘々」でした。
快コで裏小説を書くのは初めて、というか、オリジナルでもろくに書いたことがなかったので…はたしてこれは、やり過ぎなんだか足りないんだか全く判断がつきません。
でもストーリー自体は書いていて楽しかったです。

返品・書き直し等受け付けますので、何かあったら言ってください。
リクエストありがとうございました!
2010.6.3


 
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