1

「うわぁっ」

真っ赤に色づいた木々を見上げて、歩美が楽しげにくるくると回る。

「すっごく綺麗!」
「そうね」

隣で頷いた灰原も優しい笑みを浮かべていて、こいつらもずいぶん仲良くなったよな、と微笑ましく思いながら見守った。
残念ながら山頂はまだまだ遥か上だが、子供の体力ではこの辺りが妥当だろう。

「本当に、わざわざ登ってきた甲斐がありましたよね」

光彦もすっかり紅葉に見惚れている。
そんな三人とは裏腹に。

「それより昼飯まだかよ」

常に花より団子の元太は、そう言って腹を押さえていた。

「おいおい、まだ来たばっかじゃねぇか」

しかも時刻は十一時。弁当を広げるには早いと思う。

「けどよぉ、ここまで散々歩いたんだぜ。腹が減っても仕方ねぇだろ」
「だよな。ちょっと早いけど昼にするか」

元太に賛同した今日の引率者は、さっそくリュックの中からレジャーシートを引っ張り出す。
手際よくシートをひいて弁当を並べるその男は、子供たちとの面識もあまりないというのにすっかり馴染んでいる。

コイツ、けっこう子供好きなんだよな。

人好きのするその笑顔を盗み見る。
快斗は気付かずに弁当を広げる。

「おーい!歩美ちゃんたちも弁当食うだろ?」

紅葉を見上げている子供たちを呼んだ後、

「はい、コナンちゃん」

笑って弁当の包みを差し出す快斗はいつも通りなのに、俺だけ何となく笑い返せないでいた。



飛んでいってみせようか




今日の朝、紅葉狩りへと出掛けるため阿笠邸に集まった俺たちは、博士に急な予定が入って出掛けられなくなったことを告げられた。

「この前の新しい発明品のことで、急に来客の予定が入ってのう」

元々車で行く予定だった場所だから、博士が引率できないのなら諦める他ない。

「えぇっー!?」
「マジかよ」
「連れてってくれる約束してたのにー」

ブーイングの嵐の子供たちをどう宥めるかと頭を抱えていたところ…

「コナンちゃーん、いる?ってあれ、どうしたの?」

開けっ放しの玄関から中を覗くようにして、タイミングよく現れたのが快斗だった。



『何なら俺が連れていくよ』

事情を聞いた快斗はあっさりそう言って、目的地は電車で行ける場所へと変更したけれど。公共の交通機関を幾つか乗り継いだ後、無事に有名な紅葉スポットであるこの山までたどりついたという訳だ。
快斗はちゃっかり弁当とリュックサックまで持参していて、元々強引についてくる予定だったんじゃないかと邪推してしまう。いや、この男の場合は邪推ではなくただ単に事実だろう。



別に紅葉狩りに来るのは構わない。今年はまだじっくりと紅葉を眺める機会に恵まれていなかったし、今日訪れたここは名所の名に恥じぬ美しさだ。文句のつけようもないし、それは全然構わない、のだが。

ワイワイキャイキャイ昼食をとる子供たちの横でため息をひとつ。

「…何で引率がオメーなんだよ」
「嫌なの?」

俺の独り言じみた呟きを聞き咎めて、快斗が拗ねたような声で言う。

「コナンちゃんと一緒に出掛けるの、ずいぶん久しぶりなのに」
「…別に、嫌とは言ってねぇけど」

煮え切らない返事に、快斗が首を傾げる。

「てゆーかな。オメーがそう呼ぶのはもう諦めた、でもさすがにコイツらの前で“ちゃん”付けはやめろ」

後でからかわれるのは俺なんだぞと睨む。

「…ごめん」

視線の先の快斗が妙に素直に謝るものだから、こっちが悪いことをしたような気になった。

「コナンくーん、あっちの方すごく綺麗だよ!」

少し気まずい沈黙を救ったのは、とっくに昼食を食べ終わって、周囲の散策に出掛けていた歩美だ。

「コナンくんも早く来て!」
「分かったから、そんなに引っ張るなよ」

ぐいぐいと腕を引き、立ち上がらせようとする歩美に苦笑する。
付き合ってやるかと腰を上げたところで、それ以上動けないことに気がついた。

「おい、この腕はなせ」

当然歩美には届かないくらいの声で、言う。

「あ、ごめん、つい…」
「つい、で人の腰を抱く奴がいるか変態野郎」
「変態って…これは性欲じゃなくて独占欲の表れなんだけど」
「はぁ!?」

快斗が爽やかな秋空の下でとんでもないことを言ったような気がしたが、なにぶん小声だったためハッキリとは聞こえず……聞き間違いということにしておいた。

「コナンくん、早く!」
「お、おう」
「…ヤキモチ妬きの恋人を持つと大変ね」

灰原が呆れた顔で言う。
直後、歩美が俺の手を掴んだまま駆け出したため、俺は何のことだか尋ね返すタイミングを逃してしまった。







「ところでよ、今日のこれって紅葉狩りなんだろ?昼飯食った後は何すんだ?食いもんでも狩るのか?」
「紅葉狩りに食べ物は関係ありませんよ」
「じゃあ何すんだよ」

元太にそう聞かれた歩美と光彦は首を捻る。

「狩りってことは何かとるんだよね。落ち葉を拾うとかかな?」
「紅葉狩りにそういう意味はないわ」

淡々と口を挟んだのは灰原だ。

「狩るって言葉にはさっき小嶋くんが言っていたように、食料として動物などを捕まえるっていう意味と、草花を捜し求めるっていう意味があるのよ」
「ちなみに紅葉狩りを始めたのは平安時代の貴族で、その頃はただ紅葉を見るだけじゃなく、枝を手で折って観賞してたらしい。だから“狩り”だってな」

灰原の説明に補足して、ついでに語源も話してやる。

「鬼女紅葉伝説からきているって説もあるわね」
「鬼女紅葉伝説…?」
「えぇ。長野県戸隠山に伝わる伝説よ。能の謡曲にもなっているわ…」

灰原がその先の説明を放棄したため、仕方なく代わりに引き取った。

「…平安時代、平維茂が山中で紅葉という名前の女に会うんだけど、その美しい女の正体は鬼で、毒入りの酒を勧めてくる。毒入りであることを見破った平維茂が、正体を現した鬼を退治するっていう話。鬼女紅葉を討つ、つまりは狩るってことだな」
「へぇー」
「お二人とも相変わらず博識ですね」
「本当に小学生か?」
「あ、いやこれは…」

以前にも向けられた疑いの声に一人焦る。

「快斗、…兄ちゃんに教わったんだ。な、灰原?」
「まぁそういうことにしておくわ」
「なんだよ、曖昧な返事するなよな」

当の歩美たちは小言のやり取りなど気にも留めず。

「そうなんだ。快斗お兄さん物知りだね」

拍子抜けするくらいあっさり納得していた。

「そりゃそうですよ。快斗さんは高校生ですから」

下手に勘繰られるよりはいい、と分かっていても何だか気に食わない。

「だからって何で俺のこと睨むの!?」

すっかり見慣れてしまった情けない顔で快斗が言う。

「…睨んでねぇよ」

理由が子供っぽすぎて言いたくない。だから否定するしかない。

「ぜったい睨んでるっ」
「オメーの気のせいだって」
「ていうか何でいちいち小声なの?」
「それは……」

またもや気まずい雰囲気になりかけた俺たちの後ろで、

「そうだ!」

不意に、歩美がはしゃいだ声を上げた。

「ねーねー、博士に綺麗な落ち葉拾っていって、お土産にしよう!」

意識がそちらへ持っていかれ、中途半端なまま軽い口論が終わる。
今日はこんなことばっかりだ。コイツらがいると何もかもうやむやに終わってしまう。それがありがたいような、困るような。

「お土産、いいですね!博士も紅葉見たがってましたし」
「落ち葉の土産かぁ…」

張り切る光彦とは裏腹に、どうもやる気が起きないらしい元太だったが。

「この山にも食用キノコくらいはえてるんじゃない?」

灰原の言葉を聞いて、途端に目を輝かせる。

「じゃあ俺、キノコとる!」

食べ物となると目がない元太が真っ先に林の中へと飛び込んでいった。

「あんま遠くに行くんじゃねぇぞ!」

聞こえてないんだろうな、と思いながら一応呼び掛ける。まぁ犯人追跡メガネと探偵バッチがあるから、何処にいても見つけることはできるけれど。

「私たちも行こう」

そう言って俺の手を引いたのは歩美だ。

「灰原さん、一緒に行きましょう」
「えぇ」

光彦は、落ち葉拾いごときに随分かしこまった顔で灰原を誘う。
どうせこいつらは夢中になると散り散りになるのだろうから、一人につき一人保護者がついていれば安心だ。となると。

「おい、快斗」
「なに?」
一緒に回るお誘い?

元太と同じくらい目を輝かせた快斗には悪いが。

「元太が毒キノコ拾わないように見張ってろ」
「へーへー」

そんなことだと思ったと快斗は生返事を返す。

「ていうか今日のコナンちゃん冷たくない?」
「…別にいつもと同じだろ?」

鋭い指摘に、視線を逸らす。

「そうかなぁ」

どうも納得できないような表情を浮かべたまま、快斗は元太を追い掛けて走って行った。



とりあえず四人で一塊になったまま、落ち葉の絨毯が敷き詰められた林の中へと入る。

「貴方たち喧嘩でもしてるの?」

灰原が小声でそう尋ねてきたのは、心配しているからじゃない。巻き込まれたくないからだ。

「ちげーよ。ただ、この間光彦たちに…」



『コナンくんって快斗さんのことだけ呼び捨てにしますよね』

見た目は十も離れた俺と快斗が、対等に会話する様子は奇異に思われたらしく。
光彦に同意して歩美も続ける。

『快斗お兄さん相手には普通に話すし、よっぽど仲良しさんなんだね』

そういえば快斗に対しては、コイツらの前だろうとお子様演技をしていなかったことに今更気付いた。
それで関係を邪推されるのも面倒だから、今後子供たちの前では気を付けようと決めたのだ。



「別にそんなのいいじゃない」

俺の説明を聞き終えた灰原は、あっさりとそう言いながら肩を竦めた。

「貴方ちょっと深読みしすぎよ。あの子たちの言葉に裏の意味なんてないでしょうし、さっきまでのは気にしすぎて逆に不自然だったわ」
「…そうか?」
「いつも通りにしてればいいでしょ。まさか貴方と黒羽くんが恋人同士だなんて、思い至る訳ないんだから」
「こ、いびと…って…」

あんまりはっきり言葉にされると顔が熱くなる。

「あら、違った?」
「いや違っては、ないけど…言うなよ。それこそ聞こえるだろ?」
「二人で何の話してるんですか?」
「恋人って誰と誰が?」
「あ、えぇっと…」

純粋な好奇心を寄せられて、俺はすっかり言葉に詰まった。



2

合流したり、また散ったりを繰り返しながら、それからの数時間は穏やかに過ぎた。
落ち葉を拾って、紅葉を見上げて、珍しい昆虫を見つけたり、リスを追い掛けたり、元太に限って言えば、毒キノコばかり見つけ出して快斗を疲弊させたり、した。
事件も何も起こらない。こんなに穏やかな休日は久しぶりだと、しみじみ思っていた三時半頃のこと。

「コナンくん、どうしよう…」

鮮やかな落ち葉をビニール袋に詰めていた歩美が、泣きそうな顔で切り出した。

「歩美、探偵バッチ落としちゃったみたい」
「いつまであったか覚えてるか?」

メガネに手を掛けながら、すかさず尋ねる。

「ええと、お昼ご飯食べる前まではあったけど…その後使ってないからわかんない」

じゃあ、落ちているのはこの辺りか。

「大丈夫だよ」

オロオロしている歩美に言う。
まぁいつもに比べれば随分なんてことないトラブルだ。死体や怪我人が出た訳でもあるまいし。

「犯人追跡眼鏡を使えばすぐ見つかるから」
「ホント!?」
「あぁ。だからちょっと待ってて」

ボタンを押してアンテナを立てると、そう遠くない間隔で五つの発信機の位置が示されて光っていた。ただ、このままではどれが歩美のものなのか分からない。

「元太、光彦、灰原、聞こえてるか?」
『おう!』
『どうしたんですか?』
『何かあったの?』

探偵バッチのトランシーバー機能を使って呼び掛けると、順々に返事が返ってきた。

「何かってほどでもないけどな、歩美ちゃんが探偵バッチ落としたんだ。お前らまで好き勝手に動くと探せねぇから、一旦広場の方に戻ってくれねぇか?」
『了解』
『わかったぜ』
『すぐ戻ります』

迷いなく告げられる承諾を聞いて、

「みんなごめんね」

歩美が俺の探偵バッチを使い、しょんぼりと言う。

『気にすんなよ』
『ちょうど区切りがついたので、戻ろうとしていたところでしたし』

基本的に彼女に甘い元太たちは、あっさりそう言って通信を切った。
メガネに表示された光も動き始める。

「じゃ、さっそく二人で探そう」
「うん!」

追跡機能を頼りに歩き始めると、今度は歩美も明るく頷いてついてきた。







さっきからバッチを鳴らし続けてはいるのだが。メガネで見る限りは近付いているはずなのに、いっこうに音は聞こえてこない。
落ち葉に埋もれていては厄介だと思いながら、更に足を進めた時のことだった。

「コナンくん、その先道ないよ!」
「へ?」

歩美の悲鳴じみた声に振り返った途端、

「ぉわっ」

足元から地面が消えていた。

「コナンくーんっ!!」

声がだんだん遠くなる。
勢いがついてしまったせいか、緩やかな斜面なのに止まれない。下手に止まったら足を痛めそうだった。
そのままズザザザと、滑り台の如く下りていく。
些か滑り心地は悪かったが。

「大丈夫ですか!?」

歩美の大声が届いたのか、光彦たちまで飛んできたらしい。
滑り台の先は落ち葉のクッションだった。たいした痛みもなく背中から着地する。

「コナンちゃーん!」

快斗の声が一番大きい。
…だから“ちゃん”付けするなって言ってんのに。

「大丈夫!?怪我してない!?」
「してねぇよ!」

起き上がりながら返事を返す。
身体は全く無事だけれど…

「こりゃ登るのは無理だな」

不可能ではないが、登る気も起きない。
独りごちて深くため息をついた。
おそらくここは山道の途中だろう。直線距離で落ちてきたからこの程度だが、ちゃんとした道を歩くとかなり時間がかかる気がした。また上まで登るのは面倒だ。

斜面の上を見上げると、快斗が落ちてきそうなほど身を乗り出してこちらを見下ろしている。

「今そっち行く!」
「来なくていいっ!」

今にも滑り下りてきそうな快斗を慌てて止める。

「いいから道沿いに回ってこい!オメー、今日は保護者だろ。だったらそいつらから目を離すな」

だいたい、快斗につられて子供たちまで滑り下り出したら非常に困る。

「ゆっくり来いよ。走るなよ」

子供に言い聞かせるように念押しして。

「わかってる!」

向こうが下りてくると言うなら好都合だ。そろそろ帰路についてもいい時刻だし。
となれば。
快斗たちがここへ着く前に歩美の探偵バッチを見つけてしまおうと、俺は両手で地面を探った。







「コナン本当に大丈夫!?」
「あぁ、大丈夫だってさっきも言ったじゃねぇか」
だからさっさと離せ。

抱き上げて身体中調べ出そうとする快斗の腕から逃れ、胡乱な目で見上げる。

「それよりおまえ、結局走ってきただろ」

快斗たちが姿を現したのは、予想していたよりずいぶん早かった。
五、六分はかかると踏んでいたのだが。

「問題ないよ?平らなとこしか走ってないし誰も転んでないし」
「正確に言うと、転びかけた小嶋くんや吉田さんを彼が助けたんだけど」

灰原が淡々と補足する。

「…まぁ、一応結果だけ見ればさ、一番目を離すと危ないのはコナンってことになるよね?」
「…うるせぇ」

足を踏み外したのは己の不注意のせいだから、ムッとしても強くは言い返せない。
分が悪くなってしまったため、話を逸らそうとポケットの中を漁った。

「…歩美ちゃん、これ」

そう言いながら、ポケットから取り出した探偵バッチを差し出す。

「もうなくすなよ」
「ありがとう!」

歩美は驚いて目を丸くした後、嬉しそうに笑って受け取った。

「何処にあったの?」
「この辺りだよ。たぶん俺と同じ場所から落ちたんだろ」

そう考えると、この場所へ来たのは間違いでなかったのだと思う。滑り落ちて、という過程は計算外だが。

「そっかぁ。見つかって本当によかった!」

大事そうに探偵バッチをしまいこむ歩美を見守っていると。

「…コナン、手の甲擦りむいてる」

どうやら口を挟む隙を待ち構えていたらしい快斗が、そう言いながら俺の左手を掴んだ。

「あぁ、気付かなかった」
「つまんない嘘つくのやめろよ。地面に落ちてるバッチ、落ち葉を掻き分けて探したんだろ?」

気付かない訳がないと快斗が言う。

「言い間違いだ。忘れてたんだよ」
ったく、おまえこそこんなことでいちいちムキになるな。

「貴方が気にしなすぎなんじゃないかしら」
「コナン意外とドジだからな」
「放っておいたら擦り傷からだって黴菌は入るんですよ」
「歩美がバンソーコーあげよっか?」

灰原と元太たちのコメントは、尽く快斗を支持するもので何だか納得できない。

「ほら」

むすりとしていると、背中を向けて屈んだ快斗が両手を後ろに差し出した。

「なんだよこの腕」

伸びてくる腕から後ずさって逃げる。

「怪我人は大人しくおんぶされろ」
「擦り傷ごときで、んなことする必要ねぇだろ?」
「うーん、確かに必要はないけど…所有権の主張ってとこ?」

当然の疑問をぶつけると快斗は、チラリと歩美の方を見てからそう言った。

「…はぁ?」

コイツの発言は相変わらず意味が掴めない。

「まぁまぁ。おんぶが嫌なら抱っこでどう?」
「両方断る」

一言で切って捨てて更に後ずさった。
背負われないように避けるのは簡単でも、抱き上げようとする腕から逃げるのはそう上手くいかない。

「ぅわっ」

あっさり捕まえてきた腕を振り払おうとした拍子に、右手がメガネに触れてアンテナが立つ。

「ん?オメーら上に探偵バッチ落としてきてねぇか?」

中途半端に抱き上げられた状態のまま首を傾げた。
当然アンテナは発信機の電波を受信したのだが、ひとつだけ離れた場所を示して光っていたのだ。

「俺のはちゃんとあるぜ」
「僕もです」
「歩美のはコナンくんが見つけてくれたし」
「つまり…落としたのは貴方ということになるわね」

灰原が、呆れ顔も隠さずに言い放った。

「…快斗兄ちゃん」

アンテナを立てたままの犯人追跡メガネを外して、満面の笑顔で快斗を見る。

「なに?」

嫌な予感を感じたらしい。
快斗は俺をそそくさと地面に下ろして、少しだけ引き攣った笑みを浮かべた。

「拾ってこい」
「なんで俺!?」
「怪我人に拾いにいかせんのかよ」

さっき言質は取ったぞと言ってやれば、仕方ないと快斗がメガネを引き取る。

「快斗お兄さん優しいね」

ニコニコと見送った歩美の台詞はともかく。

「アイツ、おまえのパシリなのか?」

元太の声まで聞こえたようで、ずっこけそうになっている快斗の背中が見えた。



元太の言いようには笑ってしまう。同時に、子供の認識なんてそんなもんだよな、と思った。
いつの間にか快斗とのやり取りは普段通りに戻っていて、それでコイツらの解釈は“パシリか?”だ。
不審に思われるんじゃないかとか、気にして取り繕うのはバカバカしい。

『ほら、私の言う通りだったでしょう』

灰原が、そう言いたげな顔で俺を見ていた。







「コーナーンー!見つけたよー」

数分後、上の方から快斗の声が聞こえた。

「じゃあ早く下りてこい!」

サンキューと喚くのも気恥ずかしくて、そう返せば。

「りょーかい!」

明るい声がまた降ってくる。

傍らの元太や光彦たちは、一日歩き回ってさすがに疲れたのか、地面に座り込んでいた。

「俺、もう腹減ったぜ…」
「お昼あんなに食べたのに?」

相変わらずの元太に歩美が笑う。

「そろそろ日が暮れてきましたね」

光彦がそう言って空を見上げた。

「本当、秋の日は釣瓶落しね」

灰原も隣に座って穏やかに言う。

「つるべおとし…ってなんだ?」
「秋は日が暮れるのが早いってことですよ」

元太と光彦のやり取りを聞きながら見た空は、紅葉の向こうで薄暗くなっていく。
この分ではあっという間に夜になりそうだ。早く帰らなくてはと考えていると。



「…え?」

なにやら、上の方から不穏な音が聞こえてきた。


ズザザザザ…


確か、先ほども耳にしたばかりの音だ。

「…………」

嫌な予感に振り返る。



「お待たせー」

…あぁ、やっぱり。

「じゃ、早く帰ろっか」



何を思ったか快斗は同じ斜面を滑り下りてきて、擦り傷の出来た手の甲を、お揃いだと並べて能天気に笑った。







「なんで今日態度おかしかったの?」

残りの山道を下りながら快斗が聞いてくる。
結局、たいした理由もなく抱き上げられた俺は、交互に動く長い両足の振動を感じているだけだが。

「…仕方ないだろ。アイツらは俺たちのこと知らないんだし、気を付けるべきかと思ったんだよ…」

腕の中にいるという距離の近さのせいなのか、もそもそと素直に説明してしまった。

「俺たちのことって?」

惚けているのは、わざとなんだか素なんだか。

「だから、その…こ、恋人同士だってことだよ」

口ごもりながらそう答える。
熱の上った顔を晒すのが嫌で俯こうとした瞬間。

チュッ

そんな小さな音をたてて、快斗が素早く口づけてきた。

「何すんだ!?」
「んー?コナンちゃんが真っ赤で可愛かったから。つい」
「っ、な…」

そういうのは見て見ぬ振りをするべきじゃないだろうか。
大体ここは外で、数メートル先を元太たちが歩いていて、灰原がうんざりしたような顔でこちらを見ていて…
こんな状況でキスなんて冗談じゃない!

山ほどの文句をぶつけてやろうと思ったのに、目の前の快斗がひどく嬉しそうな顔をしていたから。
言葉が、出なくなる。

「“恋人同士”なんだからこれくらいいーじゃん」



さっき、コナンが言ってたろ?



ちなみに。

俺と快斗の手の甲には、歩美から貰ったキャラクター柄の絆創膏が、違和感も甚だしく貼られている。



END

誘拐話の合間に、ほのぼの楽しく書きました。無駄に長くなってしまった快コ+少年探偵団の紅葉狩り、こんな感じでいかがでしょうか?

陽那さま、よかったら貰ってやってください。多少の書き直し等なら受け付けますので。
リクエストありがとうございました!
2010.11.23

title:MAryTale


 
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