結局、惨敗

「よぉ、名探偵。何こんなとこでたそがれてんだ?」


飛行機を崎守埠頭に不時着させた後。
病院へ搬送された蘭も園子も特に異常はなかったため、急遽手配されたホテルに全員で泊まることになった。
空きがあまりなかったせいで、子供五人は博士と共に一室へ押し込まれ。
俺は灰原にからかわれつつも、こっそりと部屋を抜け出してきた。
確信に近いような予感がしたからだ。
そして今、数時間前に別れたばかりの怪盗と、ホテルの屋上で対峙している。


「さすがのオメーもびびっちまって眠れねぇのか?」
両手をポケットに突っ込んだまま、面白がるような口調でキッドが言う。
「バーロ。おまえが顔出すと思ったから、わざわざ待っててやったんじゃねーか」
言いながら少しずつ近付いていく。捕まえる気がないのは分かっているのか、キッドは逃げる素振りなど見せない。
「そりゃーありがたいね。客室から攫ってくる手間、省けたし?」
すぐに、手が届くほど近くへ来た。

「おい、キッド」
警戒するでもなく、ニヤニヤ笑いを浮かべているキッドの、風に舞うマントを両手で掴んだ。
「何、この手」
途端にきょとんとした顔になってキッドが聞いてくる。
「蘭が、キッドを捕まえて聞けって言ってたからな」
「何を?」
首を傾げる仕種に激しく違和感を覚えたが、今更だと思って突っ込むのはやめた。
「…オメーと蘭だけの秘密ってなんだ?」
「ヒミツー?んなのねぇって。スリーサイズも結局聞き出しそびれたし」
「そもそも聞くなよ…」
あんな状況であんな事を言い出したコイツには、ほとほと呆れる。

まぁキッドがないと言うなら何もないのかな、と思う程度には目の前の男を信頼してしまっている、自分に深いため息を落とした。

「妬くな妬くな。名探偵にも聞いてあげよっか?」
そのため息をどう誤解したんだか。
「俺、おまえのウエストサイズは興味あんだよね」
どんだけ細いのその腰、なんて言って、キッドはまたもやニヤニヤしている。
「こんのセクハラ男…」

手放したマントは強風にハタハタと靡いて。
その動きに気を取られた瞬間、まさにその腰を掴まれて抱き上げられた。
「っ何すんだよ」
からかっているのかと。悔しいことに漸く目の高さが合った、モノクルで隠れた顔を睨む。


「忠告してやろうと思ってさ」
キッドは意外にも真摯な表情を浮かべていて、少しだけドキリとしてしまった。
「あんな作戦、もう二度とやるなよ。今度落っこっても俺は助けにいってやらねーぜ?」
捕まる前に、俺の心臓が止まっちまう。


転落する振りして飛び下りてみせた、無茶を咎められているのだと分かったが。
安全な手ばっかり使っていても頭脳戦は面白くねぇし。
後悔も反省もするつもりはない。

「フン。俺はオメーのお人好しっぷりを信じてるさ」
そう言い切って、不敵に笑う。
「…嫌な信頼のされ方だな、おい」
キッドも、諦めたように小さく笑った。


すとんとコンクリートの上へ下ろされる。
真っ正面から見た、“工藤新一”によく似た顔立ちを思い出す。

「そういや今回、何で俺に化けたんだ?」
元が似てるからだとか、動きやすいからだとか、理由は幾らでも推察できたが、何となく本人に聞きたくなった。これで話を逸らせるし。

「そりゃー、名探偵の熱い視線がさ。ずっと俺だけを追い掛けてくるから楽しいだろうなぁ、と思って」
想像以上にふざけた答えが返ってきて、思う。
真面目に聞いた俺がバカだった。

まぁ、理由は脇に置いておくとして。こっちとしても、キッドには忠告したいことがあるのだ。
「おまえ、あんま人目につく所で俺に化けない方がいいぜ?」
「何でだ?」
「変な奴に目つけられて殺されるぞ」
“工藤新一”は死んだはずの人間なのだから。俺に化けているコイツが、うっかり組織の奴らに目撃される可能性も、ないとは言えない。
「俺を心配してくれんのか名探偵?優しーな」
こちらの真剣さを分かっているのかいないのか。
手袋をはめた手の平が俺の頭を撫でる。
右手だったから遠慮なく振り払ってやった。
「自惚れんなよ。俺のせいで人が殺されるのは不愉快なだけだ」
「はいはい。探偵くんは照れ屋だからね」
そういうことにしといてやるよ。

振り払われた手を残念そうにひらひらと振って、笑みを含んだ声でキッドが言った。


「そんで名探偵?」
再び右手はポケットの中へ。
…管制塔にぶつかった時、強打したらしい左腕は大丈夫なんだろうか。
病院になんか行ってるはずないよな。
パトカーに追い掛けさせて飛んでたし、さっきは俺を抱き上げてたし。
一応大丈夫なのだろうとは思うけれど。
チラチラ負傷した腕を気にしていると、コンクリートへ片膝をついたキッドに顔を覗き込まれた。

「何もかも何とか解決したってのに。俺が来る前、どうしてあんな浮かない顔してたんだ?」
相変わらずコイツは妙に鋭い。というか、声を掛ける前に何処かから俺のこと見てたのか…?

「…解決してねぇことがあるからだよ」
「解決してないこと?なに?」
「…好きって…言われたんだ。蘭から」
「あー…」
何でキッド相手に、ここまで素直に話しているのだろうか。
疲労と体力の限界というものは、人の口を軽くするのかもしれない。
どうでもいいことを考えながら、言葉を続ける。
「アイツは、機内で電話してきたのはキッドだったと思ってるみたいだし」
「え、俺?」
「聞かなかったことにしても問題はないけど…改めて言われるとさ」
キツイだろ?
答えてやれない罪悪感で、胸が酷く痛むんだ。

「だよねぇ。何せ名探偵は俺のこと愛しちゃってるからねぇ」
「そこまでは言ってねぇだろ!」
「人間素直が一番だぜ?
もちろん俺は愛してるけどな、オメーのこと」
ボンッと顔が熱くなる。
「…おっめぇはストレートに言い過ぎなんだよっ!」



お互いの想いは知っている。それでも、名前もつかない、変化もしない、この関係。
キッドの正体も知らない。知ってはいけない気がするから。
コイツにもっと近付けたら。そうしたら。
大切な幼なじみにも、謝る決心がつくのだろうか。
いつか、“工藤新一”は戻ってくるかもしれない。でもたぶん、おまえの許へは帰れないって。



「今、深刻に考えても仕方ないだろ。きっとなるようになるさ」
額を突かれて我に返った。
「…人ごとだと思って」
「んなことないって。彼女は俺の恋敵だからな」
「ライバル?何で蘭が?」
俺の問い掛けを聞いてフッと笑う、唇がやけに近いと思った。
「…おまえ、もうあんまり頭働いてねーんだろ。落ち込んでねぇで今日はさっさと寝ろよ」
数センチの距離を埋めて唇が触れる。
驚きのあまり、ぽかりと開いた口の中に舌が侵入して。


「…んっ…」
口移しで睡眠薬を飲まされたのだと気付いたのは、既に飲み込んだ後だった。
「おっと」
強烈な眠気に襲われて、傾いた体はしっかりと抱き留められる。
「心配しなくても、ちゃんと部屋まで送ってやるからさ」
眼鏡を外され、温かい手の平が両目を覆う。
その後、額に柔らかい口づけ。

「お疲れ、コナン」

俺は、素直に眠りへと落ちながら。
ただ、優しく名前を呼ぶその声が、幻聴ではないことを信じたいと思った。



END

惚れた方が負けって言うし。だったらたぶん二人とも負けか。

リクエスト内容は「映画『銀翼の奇術師』のその後」です。3回見返したらネタが浮かんだので書いてみました。本編数時間後設定のお話です。
非常に楽しく書かせていただきましたが…こんな感じで如何でしょうか…?
返品・書き直し等、希望がありましたら受け付けます。遠慮なく言ってください。
リクエストありがとうございました!
2010.5.28


 
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