克服不可能。

大きめのベッドに背中を預けて、持参した本を読むともなしに眺めていると。

「コナンさぁ、最近冷たくない?」

トランプを弄びながら考え事をしていたらしい快斗が、急に俺の方へにじり寄ってきた。

「気のせいだろ」
「そんなことない。絶対冷たいって」

否定してみても、かぶりを振られる。

「隣に座ろうとするとそれとなく離れるし、抱き着こうとするとそれとなく逃げるし…」

快斗が挙げ連ねる言葉を聞いて少し、ギクリとした。
不自然に見えない程度にスキンシップを避けていたつもりだったが……やっぱり気付かれていたのか。

「もしかして俺のこと嫌いになったの?」
「いや。うざったくなっただけだ」

不安げな問い掛けに、即答。

「…ねぇ、“嫌い”と“うざい”ってたぶん同義語だよ?」

快斗の目が潤んでいるように見えるのは、演技なんだか素なんだか。

「俺の中では意味が違うんだよ。そんなことでいちいち泣き真似すんな」
うっとおしい。

かと言って本気で泣かれても面倒だから、一応フォローはしておこうと思った。

「嫌いな奴の家に泊まりにくる訳ねーだろ」

いくら休日だからって、わざわざ訪ねてきたりはしない。親が不在の為、否応なしに二人きりになるこんな場所へは。

「だったら、嫌いじゃないなら抱き着いてもいいよね?」

途端に両腕が伸びてきた。

「それは却下」

くるりと身体を回転させて、避ける。

「なんでぇ?!」
「…暑苦しいんだよ」

もう六月に入ったのだし、気温は日毎に上がっていく。それに室温が比例するのは当然だ。
さすがにクーラーをつけるほど暑くはないけれど、スキンシップ好きの快斗のせいで体感温度が上がるのは、ちょっと勘弁してほしい。
という主張を淡々と告げれば、快斗が不満そうな顔になって、零した。

「俺は一年中コナンとくっついてたいのにー」

真夏でもくっついてくるつもりかコイツ、と思って少々げんなり。

「想像するだけで暑苦しい」
「コナンちゃんちょっと暑さに弱すぎでしょ」
「子供は風の子だからな」
冬の方が得意なんだよ。
「そういう意味じゃなかったと思うけど」
寒さにも強いっていう諺じゃん。

冷静に突っ込まれて言葉に詰まる。

「と、とにかく、そんなにくっつきたいなら、季節を冬に戻してこい!」

無茶も過ぎる要求をしてみると。

「んー、それは無理だけど…」

快斗が暫し思案顔になった。

「手っ取り早く涼しいところへ連れてってあげるよ!」

数秒後、いいことを思い付いたと言わんばかりに立ち上がる。

「涼しいところ?」
「そ。まぁついてきなって」

踵を返して部屋を出る快斗の背中を、俺は半信半疑で追い掛けた。






「はい到着ーっ!」
「…って近所のスーパーじゃねぇか」

その距離、徒歩数分。休日の夕方だからか、人も多い。

「うん。そろそろ夕飯の買い物行こうと思ってたから」

つまり、まんまと買い出しに付き合わされた訳だ。

「涼しいよ?冷凍食品コーナー。お菓子の棚の隣だから。先行ってれば?」

「…一緒に回る」
「本当に?!」

嬉しそうな快斗を見ると撤回したくなるが、店内は十分涼しいし、冷凍食品コーナーなんて逆に寒いくらいだろう。



「じゃーまずはレタスとインゲンと…」

早速買い物カゴを手に、快斗は入ってすぐの青果コーナーへ向かった。
スーパーなんて滅多に入らないから、物珍しさから辺りを見回す。
客層は圧倒的に家族連れが多いようだ。
微かに聞こえてくるのは、スーパー特有の少し間の抜けたようなBGM。
まぁ、最近は室内に篭ってばかりだったし、たまにはこうやって喧騒の中へ出てみるのも悪くはない、とは思う。
どっちにしろ購入された食材は、快斗が調理して俺の夕飯に化ける訳だし。

「うーん…」

微かに唸り声が聞こえてきて、俺は快斗へと視線を戻した。

「どっちがいいかなぁ…」

レタスを手に取って吟味する真剣な目付きが、まるで主婦そのもので笑ってしまう。

「あと何買うんだ?」

かと言ってひたすら快斗を観察しているのも手持ち無沙汰だったから、試しに手伝いを申し出てみた。

「キュウリ2本頼んでいい?」

ようやくレタスをカゴの中へ放り込んだ快斗が、今度はインゲンと対峙しながら言う。

「あ、キュウリはイボが尖ってて切り口が黒ずんでないやつが新鮮だから」

そんな声が追い掛けてきて、何処の主婦だよおまえは、と思いながらも、俺はキュウリの物色を始めた。



「次はこっち」

目当ての野菜は手に入れ終わったらしい。
快斗はこのスーパーに通い慣れているのか、配列に迷うこともなく、やけに早足で左折しようとする。

「缶詰でも買うのか?」

売り場表示を見上げつつ聞いてみた。

「うーんと…鶏肉」

快斗は少し言い淀んだ後、答える。

「肉は方向真逆だろ」

表示を見る限り、順路通りに進んだ方が断然近いのに、と訝しく思う。

「仕方ないじゃん。通れないんだから」

返ってきたのは拗ねたような声で。
もう一度売り場表示を見上げてみて、納得。

「あぁ、そういや隣はサカ…」
「はいストップ!その単語は使用禁止っ!」

勢いよく言葉を遮られる。
快斗があんまり慌てるものだから、ちょっとからかってやりたくなった。

「ねぇねぇ」

角を曲がってしまった快斗の腕を引っ張って、わざとらしいほどのお子様演技。
そのまま青果売り場まで引っ張り戻して。

「快斗兄ちゃん、僕今日はあれが食べたいな」

果物のすぐ隣に鎮座する、鮭の切り身を指で示した。

「うわわ、そっちのコーナーは行っちゃダメーっ!!」

何と言うかもう、必死の様相で引っ張り返された。

「涼しいから僕ここにいるね」

にっこり笑って追い撃ちをかけてみる。

「それだけは止めて。コナンちゃんまで生臭くなっちゃう!」

あんまり力を入れるものだから、少し腕が痛くなってきた。
ついでに、周囲から寄せられるクスクス笑いと微笑ましげな視線。

「アイス買ってあげるからあっち行こ?」
「…おまえが食べたいだけだろ」

仲のいい兄弟ね、とでも言いたそうな周囲の反応が耐え難くなったため。
小声で毒突きながらも、今度は素直に角を曲がった。





「外、けっこう涼しくなったな」

時計を見ると、5時を過ぎていた。買い物は結局1時間近くかかったらしい。

「ま、梅雨入りすらしてないしね」

まだまだ夏は遠いよと、快斗が笑う。それでもアイスは購入済みだが。

「てことで、今度こそくっついてもいい?」
体は十分冷えたでしょ?

「…家に帰って、アイス食いながらだったら我慢してやるよ」
「やったぁ!」


夕方の風は心地好く吹き抜けて髪を揺らす。体の怠さも消えていた。

「けどアイスより先に夕飯作らなきゃなぁ…」
「なに作るんだ?」
「鶏肉の照り焼きー」

何てことない会話を交わしながら家路を辿る。
快斗の楽しげな横顔を見上げながら、考えた。

さっきは思わず“うざったい”なんて本音を零してしまったが。
要するに暑さが苦手なだけなのだ。
本当は、快斗に抱き着かれるのも嫌いじゃない。
そう言った途端嬉々として張り付いてきそうだから、本人に伝える気は全くないけれど。



END

リクエスト内容は、とりあえず快コ指定だったので…思い付いたネタで好きに書かせていただきました。季節感溢れる(…たぶん)ほのぼのデート話になりました。
こんな感じでいかがでしょうか…?
書き直し・返品等受け付けますので、何かあったら遠慮なく言ってください。
リクエストありがとうございました!
2010.6.10


 
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