「妙に静かだと思ったら、そんなことやってたのね」
不意に聞こえてきた第三者の声に、盤面から目を離して振り返る。
「どうして急にチェスなんか?」
壁に寄り掛かってこちらを見ているのは灰原だった。
「あぁ」
快斗はまだ次の手を決めかねているようだし、いいかと向き直って。
「説明するとだいぶ長くなるんだけどな…」
この状況に至った経緯を話そうと、俺は快斗の動向を気にしながらも口を開いた。
話は、一時間ほど前に遡る。
「コーナーンっ!」
博士の所にいることを何処からか嗅ぎ付けたらしい快斗は、制服のまま俺の前に現れた。
相変わらず何が楽しいんだか、満面の笑顔で。
「ちょっと確認したいんだけどさ」
そして、膝の上にあった本を奪って聞いてくる。
「もちろん今度の連休は空いてるんだよね?」
まだ読み始めてはいなかったから、別に腹は立たなかったのだが。
「…それがだな…」
期待の篭ったキラキラした瞳で見つめられて、俺は思わず視線を逸らした。
「えぇーっっ!!」
「…大声出すなよ」
灰原からまた苦情がくるだろ。
予想していた反応とはいえ、思わず耳を塞ぎたくなる。
「だってせっかくの連休なのに!キャンプで三日間ともいないなんて信じられないっ!」
「仕方ねーだろ。もう約束しちまったんだから」
目を逸らしたまま、片耳を塞いで言い訳してみる。
「今から断ればまだ間に合うって!」
「はぁ?何で断らなきゃならねんだ」
「なんでって…」
言い掛けで言葉を飲み込んだ快斗が、深いため息を落とした。
「コナンはいつもそうだよな。俺、コナンのために週末は全部空けてるのにさ。
毛利探偵についていって事件に巻き込まれたり、子供たちと遊びに行ったり、予定があるんだって、そればっか。たまには俺を優先してくれてもいいんじゃない?」
「それは…悪いと思ってるけど…」
快斗からの誘いを断りまくっている自覚は、さすがにあるから言葉に詰まる。
「だったら今すぐ断ってきて!」
言質は取ったぞ、と言い放たれた。
「無茶言うなよ…」
「ちっとも無茶じゃないって。恋人としては当然の主張だから!」
今回ばかりは、快斗も引き下がる気がないらしい。
かと言って、今更あいつらの誘いを断るのも…色々と消耗しそうだし。
「ったく」
このまま話し続けても口論は平行線をたどるだけだろう。
「だったらこれで決めないか?」
話し合いには見切りをつけて、たまたま室内にあったチェス盤を示した。
「どしたの?それ」
「家の掃除してたら出てきたんだ。気が向いてこっちに持ってきた」
随分長い間放っておかれていたようで、厚い埃を被っていたけれど。
「話してても埒が明かないし、ここは正々堂々と頭脳戦で決めようじゃねぇか」
「いいけど、俺けっこう強いよ?手加減しないし」
後悔するなよ、と言われて負けず嫌いの血が騒ぐ。
「当然だ。オメーなんかに負けるかよ」
一瞬で盤上に駒を並べてみせた快斗が、ニヤリと笑った。
「んじゃ、週末の予定を賭けて、真剣勝負といきますか」
「俺が勝ったら予定通りあいつらとキャンプ」
「その代わり、俺が勝ったら週末は三日ともデートだからね!」
「…と、いう訳だ」
説明を終えると、ちょうど快斗が駒を進めたところだった。
やはりナイトを捨てる気か。この状況では、取っても取らなくても俺が不利なことに変わりはない。
さて、と悩んで顎に手を当てる。
「なるほど。じゃあ、事件が起きたら電話するわ」
「何で俺が負けること前提なんだ」
灰原から決め付けられてムッとした。
「あら、貴方はもちろん分かっているでしょうけど、あと三手くらいでチェックが掛かるわよ」
盤面の状況も冷静に観察していたらしい。確かに、そんな事は言われなくても分かっているが。
「絶対こっから巻き返してやる!」
まだ諦めるつもりはないぞと、真剣に次の手を考えた。
もはや賭けの内容などどうでもよくなっていたが、とにかくコイツには負けたくない。
「ねぇ、ところでキャンプって何処行くの?」
だいぶ今更なことを聞かれて、朧げな記憶を辿った。
「…群馬、って聞いたような気が…」
はっきりしない答えを返すと、灰原が頷く。
「えぇ。山間にあるキャンプ場だったかしら。あの子たち、虫取りするって張り切ってたわね」
「ふぅん…」
含みのありそうな快斗の返事が少し気になったが、目の前のゲームへ集中しているうちにすっかり忘れてしまっていた。
それから更に数十分後…
「これで、チェックメイトだ」
ルークを一枡進めて宣言する。
「あー、やっぱコナンには敵わないな」
前言に違わず見事に巻き返して勝負に勝ったのに、全くすっきりしないのは。
「…おまえが途中で手抜いたくせに」
そう言って、向かい側で苦笑いする快斗を睨みつけた。
「オメー、わざと負けただろ」
手加減はしないと言ったくせに。
言動と行動が矛盾してるじゃねぇか。
「わざとじゃないって。十分追い詰められたから素直に負けただけ。それに、」
快斗は、そこで言葉を切ってにこりと笑った。
「週末コナンと一緒に過ごすための名案が浮かんじゃったからさ」
「俺はあいつらとキャンプに行く予定、変えるつもりねーぜ?」
名案の内容が全く分からなくて怪訝に思う。
「うん、分かってる。だから俺もついていくことにした」
山だったら俺の天敵もいないしね!
「はぁ?!」
平然と言われ、呆気にとられた。
「じゃ、今から阿笠さんと交渉してくるから、ちょっと待ってて!」
そのまま、止める間もなく部屋を飛び出して行く。
「おいおい…」
博士が快斗の同行を断るとは思えない。逆に保護者が増えることを喜びそうだ。
快斗が戻ってくるのを待つでもなく、週末の予定は決まったも同然。
軽くため息をついたのに、そんな俺を見て灰原が笑う。
「…んだよ?」
「嬉しそうね」
「バーロッ、アイツは言い出したら聞かねぇし、諦めただけだっ」
ムキになればなるほど、からかわれるのだと分かってはいたが。
別に嬉しくなんか、ない。
けど、俺があいつらからの誘いを断れなかった理由なんて、ブーイングを浴びるのが面倒だから、というただそれだけだし。快斗がいた方が面白そうだからいいか。
「吉田さんと取り合いにならなきゃいいけど」
開いたままのドアを見やり、灰原が呟く。
「はぁ?」
意味がよく分からなくて聞き返した。
「肉の取り合いなら元太とだろ?」
「バカね。貴方のよ」
「俺、ついてっていいって!」
灰原の言葉に、嬉々とした快斗の声が被さってくる。
結局灰原に、その意味を聞き返すことはできなかった。
とにかく週末は予定通りキャンプだ。
事件が起きたら探偵役に快斗を使ってやろう。
何となく顔が緩むのは、有効な利用方法を思いついたからなのだと、自分に言い聞かせてから笑ってみた。
END
リク内容とだいぶずれてしまいました…
おまけ…?
危惧通り快斗と歩美は水面下の争いを繰り広げるが、鈍いコナンは全く気付かず、哀が仲裁する羽目になる。
三連休最終日の夕方。
哀は、コナンが歩美たちと話していることを確認してから快斗を呼んだ。
「黒羽くん、ちょっと」
「なに?哀ちゃん」
親しげな笑顔で振り返られると少し言い出しづらいが。
「悪いけど、今度からはついてこないでくれるかしら」
「…なんで?」
訳が分からないと言いたげな表情に、ため息混じりで一言。
「私が疲れるからに決まってるでしょう」
END
リクエスト内容は「チェスをしている快コ(ほのぼの)の小説」でした。+哀になってしまったのは私の勝手な都合です…
それからチェスですが、私はコナンや快斗のような優秀な頭脳は持ち合わせていないので…二人ならさぞかしすごい接戦を繰り広げるんだろうとは思ったのですが。その模様を書く能力がなかったので書かずに逃げました…
ほのぼのとチェスをしている状況に変わりはないと思いますが…
チェスの存在が薄すぎると思われましたら、遠慮なく教えてください。頑張ってはみますので。
こんな話しか書けなくて、本当すみません!返品等も受け付けます…
リクエスト、ありがとうございました!
2010.6.8
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