現在地は、予告通り怪盗キッドの犯行があった高層ビル、屋上。
探偵らしからぬ方法で関係者以外立ち入り禁止であろうその場所へ潜り込んだ俺は、呆気に取られて立ち尽くす羽目になった。



たぶん誰でも思うこと




「いやー、すげぇ雨だな」

こちらの気配に気付いたらしいキッドが、ずぶ濡れの様相で振り返る。

急に雨が降り出したのは一時間ほど前だ。
空に近い場所にいるせいか、余計に雨足を強く感じる。
本日も難なく獲物を手に入れた怪盗は、土砂降りの雨のせいで翼を広げられずにいるらしい。
そう読んでいたから、わざわざ屋上まで上ってきたのだが。

一体何故、屋上のど真ん中に突っ立って、滴るほどの雨粒を受けているんだろうか。


「…何やってんだお前」
傘とか持ってねぇのかよ。

推察を試みるのは早々に諦め、直接本人へ聞くことにする。

「平成のアルセーヌ・ルパンが傘さしてたらイメージダウンだろ?」

こちらへ足を進めながらキッドが言う。
確かに、キッドに傘は似合わない気もするが。

「観客もいねーのにカッコつけてどうすんだ」
「名探偵が来ると思ったからな」
「…俺にカッコつけても意味ないだろ」
「誰だって、好きな子からはカッコイイ!って思われたいもんなんだよ」
「どっちにしろ、天下の大泥棒も濡れネズミじゃあ気障が台なしだぜ」

熱の篭った主張を切って捨てた。

「平成のホームズこそ濡れネズミに見えるけど?」

からかうような声に、うんざりと頷く。

「あぁ。こんなに降るとは思ってなかったからな」

抜け出してきた時には降っていなかったから、傘の存在を思い出しすらしなかった。
今夜の天気予報は大ハズレだ。

「ま、濡れネズミ同士、仲良く雨宿りでもしようぜ?」
どうせそんな格好じゃ帰れないだろ。

「雨宿りって、このままじゃひたすら濡れてるだけじゃねーか」

此処は屋上、最上階なのだから屋根などあるはずもない。
当然の疑問をぶつければキッドはニヤリと笑う。

「ご心配なく。傘はちゃんと持ってるんでね」

ポンッと飛び出したのは、やや大きめのビニール傘。
いつものことながら、何処に仕込んでいたんだか全く分からない。

「イメージダウンはもういいのか?」
「怪盗と探偵が相合い傘ってのもなかなか素敵だろ?」

傘を広げながらキッドが言う。
本当に、タネもシカケもないただの傘らしい。

「おまえの傘になんか誰が入るか」
「意地張ってないでさっさと入れよ。また風邪ひくぜ」
「ぅわっ」

腕を軽く引かれて飛び込んだ先は、怪盗の腕の中だった。

「離せよっ!余計体が冷えるじゃねーかっ」

ジタバタともがくのは、随分水気を含んだ衣装に閉口したから。

「おとなしく傘に入るなら離してやるよ」

前髪から滴る雫が上向いた顔に落ちる。

「分かったから早く離せっ」

これ以上濡らされては堪らない。

「仕方ねーなー」

渋々といった様子で、回されていた両腕が離れたけれど。
雨に濡れないためには結局、コイツとある程度くっついていなきゃならない。
並んでひとつの傘に入る真っ白い男と小学生。相当間抜けに見えそうだ。
誰も来ないでくれと切実に願う。

「てゆーか、呑気に雨宿りしてて大丈夫なのか?」

ここに追っ手が飛び込んできたら嫌だな、と思いつつ聞いてみる。

「警察はダミーを追ってるし、小雨にさえなれば飛べるからな」
何とかなるだろ。

深く考えていないらしい怪盗は、そう言ってコンクリート上に座り込んだ。
衣装が汚れる…なんて今更か。

「ほい、とりあえずタオル」

渡されたそれは全く湿っていなくて、何処に入っていたんだかと、また考える。
白地に、キッドマークとクローバーの縫い取り。
普通のタオル出せよと言いたくなった。

「ドライヤーとか出せねーのか?」

冗談半分で聞いてみた。

「出せねーことはないが…」

派手な音と同時に、目立つことこの上ないピンクのドライヤーが現れる。

「ただし、15A平行のコンセントがないとな」

びろんと伸びているのは電源コードだ。

「…使えねーもん出すなよ」
「出せっつったのは名探偵だろー」

ブツブツ言いながらも今度はあっさり消してみせた。

「…オメーのマジックを見に来た訳じゃねぇんだけど」
俺は出せとまでは言ってねぇし。

感心してしまったことが悔しくて、わざと冷めた声で文句をつけた。

「あ、そーだ」

今思い出した、というようにキッドは声を上げる。

「せっかく来てくれたのに悪いけどさ、コレ、今日は返せそうにねーや。悪いな」
天気予報が外れるにも程があるぜ全く。

手の中の宝石を弄びながらそうぼやく。

「わかった」

後日ちゃんと返すならいいかと了承を伝えると、

「…何も聞かないのか?」

真顔になったキッドが、ためらいがちに尋ねてきた。

「答えるつもりがあるのかよ」
「まさか。ひとつくらいは謎を残しておかないとね」
素顔も、本名も、実家の住所までバレてるし。

キッドは軽く肩をすくめる。

「全部解けちまったら、追い掛けてくれなくなるだろ。っと、やんできたみてぇだな」

肯定も否定も口に出す前に、キッドが傘越しの空を見上げて立ち上がった。

「その傘やるからさ。ちゃんとさして帰れよ?」

俺に傘の柄を握らせて翼を広げる。

「じゃ、またな!」

背中を向けたキッドの声に被って、パトカーのサイレンが遠く聞こえた。



あっという間に飛び立った白い鳥を何となく見送る。

せめて下まで運んでくれりゃーいいのに。

「気の利かねぇ奴」

勝手なことを呟いて、畳んだ傘を蹴っ飛ばした。

時計型麻酔銃で眠らせてきた警備員が、そろそろ目を覚ましてしまうかもしれない。
上手く抜け出す作戦を練りながら階段を下りる。

毎度毎度の不法侵入。俺まで何だか犯罪者の気分だ。


小雨になったとはいえ、雨雲はまだ厚く空を覆う。キッドの待ち望む月は見えそうにない。

本当は全部知ってるんだって、言ったらおまえはどう思うんだろうか。
ずっと伝えそびれたまま今日に至る。

宝石を月へとかざす理由。父親の仇と、探しもの。

俺が追い掛けたいのは、謎の塊ではなく怪盗キッドそのものだ。
もちろん謎や謎解きを好むことは否定しないが。
残された最後の謎を必死に解いたのは、そんな理由からじゃない。

誰だって、好きな人のことならひとつ残らず知りたいと思う。
これも間違いなく真理だろ?



END

リクエストの内容は「怪盗と名探偵がビルの屋上でほのぼの会話してる話」でした。一応クリアできていると思うんですが…いかがでしょうか?

返品・書き直し等、受け付けますので遠慮なく言ってください。
リクエストありがとうございました!
2010.5.31


 
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