彼の望みは、

「おっ、コナーン!」

退屈でしかない一日の授業を終え、いつも通り探偵団の面々と帰途を辿っていると、いきなり自分の名を呼んで手を振る見知らぬ高校生に出くわした。
質の悪いことに、その顔は工藤新一そっくりだ。

「ねぇ、あの人コナンくんの知り合い?」

隣にいる歩美が、興味津々といった様子で聞いてくる。

「いや、全く知らねー赤の他人」

聞こえよがしに言いながら、ちらりと横目で見遣って素通りした。

「向こうは知ってるみたいですけど、いいんですか?」

こそりと囁く光彦の言葉に被って、学ラン男の声が追いかけてくる。

「おい、何で無視すんだよ?」

何となく相手の正体は分かっていた。
けれどもこんなに能天気な笑みを浮かべている奴に向ける興味など持ち合わせていない。

「お兄さん誰?」

厭味なほど満面のお子様スマイルで言い放った。

「黒羽快斗十七歳です!」

しかし残念ながら敵もさる者で、よくぞ聞いてくれましたとニッコリ笑う。
…しかも同い年かよ。
快斗と名乗ったこの男には、演技で笑いかけてやることすら勿体ない気がしてきた。
笑顔を消して、睨みつけていると。

「ねぇ江戸川くん」

灰原に耳打ちされて振り返る。

「何なの?この高校生…」

灰原は、警戒したように彼をチラチラと窺っていた。
たぶん容姿が引っ掛かるのだろう。

「別に害がある奴じゃねーよ。ただの無駄にお人よしなコソ泥だ」
「何だ。分かってるんじゃん」

声を潜めた会話を聞き付けて、無駄に耳のいい男が嬉しげに笑った。

「そのふざけた名前、本名か?」
「江戸川コナンくんに言われてもなぁ」

思わず時計型麻酔銃の照準を男の顔に合わせる。

「名探偵、気短すぎ」

長い腕が伸びてきたと思ったら、あっという間に腕時計を奪われてしまった。
さすが泥棒と、変なところで感心してしまう。

「本名だって。この顔も本物。何なら引っ張る?」
「顔が本物なのは引っ張らなくても分かる」

こいつの素顔が工藤新一そっくりだということは、俺に化けた時点で分かっているのだ。

「じゃ、信じてくれたということで行きますか」
「はぁ?!一体何処に…」
「さっき話した通り、今日はコナンのこと借りてくから」

彼は、俺の問い掛けなど聞こえなかったかのように、くるりと子供達へ向き直った。

「えぇ、分かりました!」
「快斗お兄さん、バイバイ!」

しかも、いつの間にか仲良くなってるし。
灰原だけは未だに怪訝そうな表情を浮かべていたけれど。

「またな、コナン!」

そう言って三人に手を振られてしまっては、この男についていく以外道がないだろう。
仕方なく、仏頂面で彼の後を追った。



灰原のように警戒している訳ではないけれど、キッドである時と雰囲気が違いすぎて、調子が狂う。

「で、国際的犯罪者様が探偵に何の用だ?」
「あー、今日はそういうの関係なし」

はい、これ返すよと、手首に時計が戻ってくる。

「ちゃんと名乗ったろ?俺はただの高校生だって」
「だったら、ただの高校生が、ただの小学生に何の用だよ」
「高校生と小学生でもさ、西の探偵とはいつも仲良さそうにしてるじゃん」

膨れっ面で、彼が言う。

「…つまりお友達になりましょうってことか?」

冗談のつもりで聞いたのだが。

「うーん、ちょっと違うかな」

ちょっとってことは…あながちハズレでもないのかよ。

まともに取り合ってもバカを見るだけだと分かっているのに。
こいつの言動には何故か振り回されてしまう。

「俺はコナンと友達以上の関係になりたい訳」
「ともだち以上…?」

訳が分からない。

「だから、今日は俺とデートな!」
「はぁ?!」

何が、だから、なのだ。

「あ、おいっ」

何とか理解しようとして考え込んでいると、彼に手を引かれて、進まざるを得なくなる。

「じゃー、何処行こっか」
「…決めてねーのかよ」

即座に手を振り払って、脱力した。
勝手にスタスタと歩き出したくせに。

「コナンに聞いて決めようと思って」

そんなこと、聞くまでもないと思うのだが。

「本屋」
「それは却下!」

唯一の希望を、勢いよく断られてムッとした。

「何でだよ?仮にもデートだって言うなら相手の行きたいところに合わせるもんだろ」
「コナンを本屋に連れてったら、間違いなく俺のこと忘れるじゃんっ」

例え本を購入したとしても、今すぐ帰って読むって言い兼ねないし。

「それじゃあデートにならないの!」

力説する彼を冷めた目で見遣る。

「本屋以外に行きたいとこなんか、ねぇんだけど」

暗に、おまえと出掛ける気はない、と言ったつもりだった。

「うーん…だったら初デートの行き先は俺にお任せってことでいい?」
「だからそもそも何でおめーとデートなんか…」
「んじゃとりあえずは、ただの高校生らしいとこ行くか」

抗議がまた途中で遮られて、断る方がめんどくさいということにやっと気が付く。

「…仕方ねぇから連れて行かれてやるよ…」

疲れの滲む声でそう返したのは、もう、半ば自棄だった。





それから、時が流れること数時間後…

「そんなむくれないでよ。可愛い顔が、台なしだよー?」
「…っ!」

思わず隣に鎮座するぬいぐるみを投げつけてしまいそうになったが、カフェテーブル上の惨事がありありと想像できたので思い留まった。
目の前のアイスコーヒーのグラスが倒れるくらいなら許容範囲内だが、あの甘ったるそうなパフェの中身がぶちまけられることだけは、何としても阻止したい。



結局快斗に連れて行かれたのは駅前のゲームセンターだった。まぁ高校生男子の学校帰りの寄り道といえば妥当なところだろう。面白くなかったとは言わない、が。
対戦ゲームではことごとく快斗に惨敗した。
挙句。
「このぬいぐるみ、コナンに似合いそう!」
などと宣った快斗は嬉々としてUFOキャッチャーに向かい、一発でその巨大テディベアをゲットしてしまった。

「はい、あげる!」
「ぜってぇいらねー」

手渡されたそのふわふわした物体を突き返すと。

「このままじゃ嫌?だったらバルーンラッピングしてもらってくるよ」

好意なのか嫌がらせなのか分からないことを言われて、慌てて受け取った。
これ以上嵩張る物体にされたら敵わない。

「やっぱり似合うな」

そう言ってニヤニヤ笑った男には、蹴りを一発かましてやったが。
それだけではとても気が収まらなかった。



「ごめんって。コナンがあんなにゲーム苦手だとは思わなくてさ」
「別に苦手じゃねーよ。今日は…ちょっと調子が悪かっただけだ」
「ふーん」

明らかに信じてなさそうな声で相槌を打たれて、思わず負けず嫌い魂に火がつく。

「次は絶対勝ってやる!!
…あ」

口に出した途端、嵌められたと思った。
快斗は、してやったりとニヤニヤ笑っている。

「じゃあ次のデートはいつにする?俺は毎日でも会いたいけど、コナンも友達との付き合いとかいろいろあるもんなぁ。三日後の金曜日とかでどう?」

立板に水の勢いでまくし立てられて、気付いたら金曜日の学校帰りにまた会うということになっていた。

そして、会計を終えた店の前で。

「また迎えに行くから!約束破るなよ!じゃあな!!」
「っ、おいっ!」

絶対に断りの文句なんか聞く気はないと、あっという間に駆け去った快斗に取り残されて、呆然とする。

まさか、始めから全て仕組まれていたのだろうか。だとしても快斗の目的が分からない。

『俺はコナンと友達以上の関係になりたい訳』

あの台詞の意味すら全く分からない。

ともだち以上って、どんな関係だ…?



俺は、蘭が心配して電話を掛けてくるまで、街灯の点り出した駅前で一人悩み続けていたのだった。



END

ひたすら快斗に振り回されるコナンです。
何か、ありがちな話になってしまったかも…

リクエスト内容は「快コ。いきなり現れた高校生(快斗)にデートを申し込まれたコナン。断るはずが、気づけば流されていて次のデートの約束まで取りつけられてしまった」です。
快斗とコナン初対面設定で書かせていただきました。
返品・書き直し受け付けます。遠慮なく言ってください。
リクエストありがとうございました!
2010.4.23


 
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