「コナン、おまえまた怪我しただろ」
会った途端に、いつもより格段に低い声で断定された。
この男はこういうことに異常に鋭い。前に理由を問うてみたら、愛故だよと臆面もない答えが返ってきて、聞いたことを深く後悔した。
「ただのかすり傷だって」
そう言うと、止める隙もなく袖を捲られた。
「とてもそんな風には見えないんデスガ」
現れたのは、包帯に覆われた細い腕。
「蘭が心配して大袈裟に巻いたんだよ」
ここまでしなくてもいいってのに。
それでも、今にも泣き出してしまいそうな、蘭のあの顔には弱くて勝てなかった。
「今度は一体何やらかしたのさ?」
包帯を憎い敵のように睨みつけた快斗が言う。
「今度はって、別に真新しいことはやってねーよ」
その言い方じゃあ、俺が何か悪いことしたみたいじゃねーか。
そんな内心を、口に出したりはしなかったけれど。
「犯人があんまりムカつくヤローだったから、我慢出来ずに啖呵切ったら逆ギレされただけだ」
三角関係の末に抱いた殺意。犯人は完全に横恋慕で、なのに想い人の恋人さえ殺せば彼女は自分を見てくれるはずだと。
被害者のことなど知らない、それより彼女に会いに行くのだと、笑いながら言われて信じられないと思った。
「…何言ったの?」
「他人の命を勝手な都合で奪っておいて、それで自分は今までより幸せになれるなんて、大間違いだ。反則勝ちして無理矢理手に入れたモノほど虚しいモノはない、ってな」
そしたら隠し持ってたナイフで切り付けられた。
その言い分は確かに尤もだけどと、快斗は少し遠い目をする。
「あのさー、凶器持ってる相手煽るようなこと言うの、いい加減やめようよ」
「何でだ」
ていうか俺は煽ったつもりとかねぇし。
「何でって…」
どうして分かんないのかなぁ、と快斗が深いため息をついた。
そのため息に訳もなくムッとする。
「コナンって自分のこと守るのホント下手だよなぁ。他人なら必死になって守るのに」
「余計なお世話だ」
疲れたような声で言われて、そっぽを向いた。
「時々本気で疑いたくなるよ。死に急いでんじゃないかってな」
「はぁ?!」
けれど、続いた言葉には抗議を止められず、結局視線を戻してしまう。
「俺はただ、探偵だから、」
その抗議も途中で遮られた。
「それはよく分かってるけど。だとしてもおまえは無茶し過ぎ。不本意なら少しは気をつけろ。もう怪我とかすんな」
危なっかしくて、目が離せない。
「こんなの別に、痛くねぇけど」
言いながら、捲られたままの袖を無造作に戻す。
「…浅い傷の方が痛いんだって知ってる?」
またため息が降ってきて、真顔で聞いてきた快斗を睨んだ。
「…バカにしてんのか?」
知らない訳ないだろうと冷たい声で言うのに、快斗はなおも言葉を続ける。
「とりあえず推理に集中すると何も見えなくなるとこはバカだと思う。
どうせ俺が何言ったって、事件が起きたら忘れるんだよな。正義感ばっかり強い推理バカだから」
「事件はちゃんと解決できてんだし、いいだろ」
推理バカという呼称には、反論できずにふて腐れて返した。
「…やっぱり全然分かってない」
ちっともよくないのに、と快斗が言う。
「おまえの考えてることなんて分からねぇよ。言いたいことがあるならはっきり言え」
「…だから!」
喧嘩腰に促すと、不意に快斗が表情を歪めた。
「例え犯行を暴いて犯人を悔い改めさせたとしてもさ、自分の身を守れなきゃ意味ないだろって言ってんの!」
きつい口調とは裏腹の、泣きそうな顔。心配なのだと、顔中に書いてあるような。
実は、快斗のこんな顔にもすごく弱い。情けないとも思うけれど。
それでも、この胸の何処かが確かに痛む。
「分かった?」
確認するように問われて、やっと素直に「わりぃ」と告げた。
「今度怪我してきたら本気で怒るから」
「…ちゃんと気を付けるよ」
快斗を怒らせるのは嫌だと思う。普段のへらへらしている姿からは想像がつかないし、それに。快斗にはいつでも笑っていてほしいから。
己の言動と、怪我をするに至った経緯を振り返り、少しだけ反省したけれど。
言われっぱなしで終わるのは少々どころでなく癪だ。
ぐるぐると報復の手段を考えた末。
今度こいつが怪我して帰ってきたら思い切り文句を言ってやろうと、コナンはひっそり心に決めた。
END
リクエスト内容が「怪我をしたコナン君を心配するあるいは手当てする快斗かキッド」だったので、快斗×コナンで書かせていただきました。
初リクエストなので緊張しつつ全力を尽くして書きましたが…返品・書き直し受け付けますので、遠慮なく言ってくださいませ…
リクエストありがとうございました!
2010.4.13
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