繰り返す約束

「恨みとか憎しみって、一体どこから湧いてくるんだろうな」

 望んでもいないのに気付けばそこにあって、放り出すこともできない。

「…急にどうしたのさ?」

 怪訝そうに快斗が振り返る。

「別に。考えてたら不思議に思っただけだ」
「コナンちゃんがそーゆーこと考えるなんて珍しいじゃん。恨みとか憎しみに縁なさそうなのに」
「俺はそこまで善人じゃねーよ」
 恨みくらい普通に持っている。

 そう答えると、心底意外だ、というような顔をされた。

「え、じゃあ例えば?」
 誰を恨んでる?

「蘭とか灰原とか子供たちとか、俺の周りの人間を傷つける奴ら、かな」
「でも殺したいとまでは思わないだろ?」
「いや…時々殺したくなる」
「嘘っ?!」

 今度はぎょっとしたような顔。
 快斗はすごく表情豊かだから見ていて飽きない。

「でもコナンちゃんなら完全犯罪とかできそうだよね。考えたくないけど」
「バーロ。俺は誰も殺さねーよ」

 きっと。自分自身以外は絶対に傷つけたくない、と心から思う。
 周りの、大切な人たちを一番傷つけているのは誰なのか。
 この前の、組織絡みの事件で改めて思い知らされてしまったから。

「…もしかして、殺したいのって自分のこと?」
「…なんで分かるんだよ」
「俺、コナンちゃんのことならなんでも分かるよ?分かっていたいし。
 ね、この間の蘭ちゃんのこと、なんじゃない?気にしてるの」

 見事に図星を指されて、少し悔しくてそっぽを向く。

 そこまでお見通し、なのかよ。

「組織のメンバーと真っ向対決しちゃったんだよね」
「…あぁ」

 巻き込みたくないからと、ケータイの電源まで切って単独行動していたせいで逆に心配されて、東都タワーまで来させてしまった。
 いつもなら博士の家に泊まる、とか適当に言い訳してごまかせたのに。
 そこまで気にする余裕がなかった。
 結果として蘭とアイリッシュの直接対決。
 蘭が撃たれそうになっているというのに俺は、ただへたり込んでいるしかなくて。
 守ってやれなかった。この、小さな身体では、盾になることすらできなかった。
 俺の、せいで蘭は…

「でも、酷いケガした訳じゃないんだろ?」
「…まぁ」
「むしろコナンちゃんの方がボロボロじゃん」
「こんな傷、別にたいしたことねーよ」

 じとっと睨まれてしまったが。
 怪我しようが何だろうが気にならない。九割くらいは自業自得だ。
 そもそも持ち前の好奇心で奴らの取引現場なんて目撃しなければ、こんな身体になることもなかったのだから。

「そりゃ、高校生にとってはたいしたことない傷かもしれないけどさ」

 ぴとりと、快斗が自分の腕を寄せてくる。

「俺よりこんなに細いのに。ちょっとは大事にしないと、元の身体に戻る前に壊れるよ?」

 それは本当に心配そうな声だったけれど。

「…仕事でケガばっかしてくるお前に言われても説得力ない」

 お互い様だろうと切って捨てた。

 無茶はもうしない、なんて嘘は吐けない。
 俺には、どんなにボロボロになってでも、やらなければならないことがあるから。
 そしてそれは快斗も同じなのだと、知っている。

「…まぁ、それはともかく」

 このままでは分が悪いと察したのか、快斗が強引に話を元へ戻した。

「恨みなんて無理して捨てられるものでもないし、自分を責めたくなる気持ちも分かるけど。
 コナンちゃんは誰も傷つけてないと思うよ。ただ守りきれなかっただけで」
「…守りきれなきゃ、同じだろ」
「そうじゃなくて…コナンちゃんが悪い訳じゃないってこと。この掌じゃ、受け止められる量に限界があるんだよ」

 視線を落として両手を見つめる。
 快斗のものと並べると余計小さく、頼りなく見える子供の掌を。

「でも、コナンちゃんが取り落とした分は俺が、しっかり受け止めるから」
 だから、俺に黙って無茶するのだけはやめて。

 そう言う時だけ目が怖いくらい真剣になった快斗に、分かったと素っ気なく答えて目を逸らした。
 決まって破られるこの約束を、もう何回繰り返しただろうと考えながら。



END

だいぶ今更なネタ。私のイメージする快コはこんな感じ。
2010.2.23


 
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