「なぁ、コナン」

くちゅりと、濡れた音が立つ。
衣服も剥がされないまま意地悪い愛撫が続いて、抗えず荒い息を吐くばかりだ。

「なに隠してるのかいい加減吐けば?」

唾液に濡れた布ごしに舌が胸元を辿る。
赤く腫れているだろう飾りに、歯を立ててねっとりと舐め上げる。
散々触れられて敏感になったそこは、指が触れるだけで痛むような鋭い快感をもたらした。

快斗はこの体を傷つけたりしない。
ただひたすら純度の高い快楽だけを与え続ける。

気が狂いそうだった。


切れた唇の端




『それ、どうしたんだよ』

些細な傷を見咎められ、ほんの一瞬、言葉に詰まったのが運の尽き。
傷を負った時のことを思い出してしまった。
快斗には決して知らせたくないから、咄嗟に言葉が出なかった。

「……コナン…?」

一瞬の沈黙でも彼は見逃さない。

「…別に気にされる程の怪我じゃねぇよ」
「そうは思えないから聞いてんだけど?」

何かがあったのだと悟らせてしまった。
動物的な勘の鋭さだ。
知っていたのに、油断した。

「おまえに何もかも話さなきゃなんねぇのか?どうでもいい怪我の原因まで?おまえ、どんだけ過保護なんだよ」
親じゃあるまいし。

「はぁ!?なんだよその言い様」

疲れきっていたのだ、たぶん。
当たり障りのない嘘を考える余裕もないほどに。

それこそ毎度の如くちょっとした事件に巻き込まれたんだ、とか、そんなことを言っておけばよかった。
心配性の彼は怒ったかもしれない。
けれどいつもと同じように、渋々謝まってしまえば終わる。
少なくとも、こんな事態は招かずに済んだ。

「もういいだろ。離せよ、この手」

押し問答の末に逃げを打ったら逆鱗に触れた。

気付いたら目の前の男は冷え冷えとした空気を纏っていて、衣服が捲れて剥き出しになった背中は、床板の冷たさに凍えていた。
闇雲に振り回した両腕は纏められ、身じろぐ度、原色のリボンが揺れる。



愛撫の手は止めずに彼の左手が携帯電話を取った。
“工藤新一”専用のものだ。
ほぼ、蘭との連絡にしか使われていない。

「今からおまえの幼なじみに電話しよっか。彼女は新一からだと思うだろうね。喘ぎ声でも聞かせてやろうかな」

奪い返そうともがくけれど、腕の自由を奪われている今、俺には何もできなかった。

「…冗談じゃねぇ…っ!」

ただ、必死で声を上げるしかない。
彼の耳に届いているかどうかは甚だ、疑問だった。

「それとも今から居候先に連れて行こうか。あの家の何処で抱いてほしい?毛利探偵の横?幼なじみの部屋?」

快斗は歌うように楽しげに言う。

「っ、やめろ…!」
「なんで?何にも問題ないでしょ。二人とも眠りは深い方だし、多少の物音じゃ起きっこない」

その瞳は明らかに本気だった。

「どうしたい?選べよコナン」

かぶりを振る。

――どうして、こんなことになった?

困惑するふりをしているだけで、とっくに答えは知っていた。



数日前、遭遇したあの不測の事態は、たいしたことではないつもりだった。
傷を消そうと足掻く己に気付くまでは。
快斗の顔を、見る、までは。

夜道で見知らぬ男に襲われた。抵抗したら殴られた。あまりの不意打ちと体格差に、殆ど何も出来ず犯された。男は俺を放置して逃げた。
匿名で通報した。前科があった彼はあっさりと捕まった。

本当にただ、それだけのことだ。
朝も来るし夜も来るし平和な日常は何も変わらない。

『それ、どうしたの?』

変わったことといえば、目立つ場所についた傷の原因を、無邪気に、または心配そうに、人と会うたび尋ねられるというだけだ。
そして、無意識に快斗を避けたこと。

月が変わり、カレンダーをめくり、会わないまま五日も経ってしまった。

『コナンくん、誕生日おめでとう』

母親のような愛情に溢れる蘭の言葉を聞いた朝、さすがに今日ばかりは逃げられないと思った。

『誕生日は俺に祝わせて?』
絶対に予定あけといてね!

最後に会った時、快斗は、まるで祝われるのは自分であるというように、嬉しげに笑って告げたから。

『せいぜい期待しといてやるよ』

小さな浅い傷だらけの体を見下ろした。
約束を破れば不審がられる。

気恥ずかしくも笑いながら交わした会話を反芻して、平和とはあんな時間を指すのではないかと。
今日も変わらず平和だなんて、とんだ嘘っぱちだったと。

思った。



プレゼントに結ばれていたリボンは手首で揺れる。

あの日、笑っていた恋人は今、真実を聞かせろと責め立てる。



「ここで、おまえの好きにしていいから」

そう言った。
これもまた失言だったかもしれない。

「……本当に何も言わない気?」

素直すぎると快斗は訝る。

「だったらそんな口塞いでやろうか」

唇に押し付けられたそれを従順にくわえた。
えぐみのある独特な味も今は気にならない。
快斗は更に苛立って視線を尖らせる。
全く抵抗などしていないというのに。



「さっさとヤれよ」

挑発して汚れた唇を舐める。

快斗が小さく息を呑んだ。

真実さえ知らせずに済むのならもう何でもよかった。

指先でひたすら擦り続けた、体中の擦り傷は薄くなった。
唯一消せなかったのは、一番目立つ切れた唇の端だけだ。

「なぁ、ヤりたいんだろ?」

だったら、それ以外の傷も痛みも見つけずに、早く。

盲目にこの体を抱いてくれ。



END

2011.5.4


 
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