昨日で終わった夏休みを想うと、真っ先に彼のことを思い出す。
正確には、共に巻き込まれたとんでもない事件と、それに纏わるエピソードのことを。
傍若無人も過ぎる彼は、死にかけた直後でさえ「今すぐ飛行船へ戻れ」と宣ってくれ、礼のひとつも言わなかった。そういう態度ならこちらもと、大事な彼女へちょっかいを出してみせれば真っ赤になって怒る。
そんな傍若無人ぶりでさえ好きなんだとにやけてしまえるのだから、いい加減どうかしてると自分でも思う。
殺人バクテリアやら爆弾やらテロリストやら。かなりの異常事態に巻き込まれたというのに、彼のことを想えばくすりと笑ってしまうような、あの事件から二週間、夏休みが明けてすぐのこと。
名探偵こと“江戸川コナン”は、少しマジックが得意なだけのごく普通の高校生である“黒羽快斗”に、何故か突然会いに来た。
現在、下校ラッシュの真っ只中。高校前にぽつんと立つ、ランドセル姿のコドモは目立つことこの上ない。
彼が何事も言い出す前に、とりあえず人気のない場所へと誘導した。テナント募集中の貼紙が揺れる建物の、駐車場らしきスペースで足を止める。ここなら人も来ないだろう。
さぁ、いつでもどうぞと向き合った。
彼はなかなか用件を切り出してくれない。視線が合わないせいだろうかと段差に腰掛け、あれ、と思う。
「ボウズ、なんか顔赤くねぇ?」
体の弱い彼がまた熱でも出しているのではないかと、心配になって額に触れた。
その頬は更に火照りを増す。
「触るなよ」
振り払われてしまった。少しだけ傷つく。
「元気ならいーけど」
落ち込みを顔に出したりはせず、素早く気持ちを切りかえて、用件を聞き出してしまうことにした。
「俺に何か用か?」
「こないだの答えを言いに来た」
上気した頬のまま、コナンが言う。
きっと暑いんだろうと解釈する。
「こないだって言われてもなぁ。俺の記憶にある限り、おまえと会ったのは今日が初めてだぜ?」
どういうつもりなのか分からないため、まずはしらばっくれてみた。
「あんだけ素顔曝したくせに今さらとぼける気か?おまえがキッドだってことはちゃんと知ってんだ」
「顔だけじゃ証拠不十分じゃねぇ?」
「一昨日のキッドの犯行時刻、“黒羽快斗”にアリバイはなかった。過去のことも調べられる限り調べたが、おまえはアリバイがないか、もしくは犯行現場の近くにいた」
淡々と並べられる。
「ふぅん、さすが名探偵」
思わず感心の滲む声音になった。
「キッドだと認めるんだな?」
「そこまで言われちゃ認めるしかないさ」
真昼間に至近距離でキッドの顔を見たコナンは、俺の正体を見抜き、追い詰めて自白させるためにやってきた、ということなら理解できるのだが。
先ほど用件を尋ねた俺にコナンは、正体云々なんて言わなかった。
彼の目的が分からない。なんだか釈然としない。
「そんで、用件はなんだって?」
仕方ないからもう一度最初の問いを繰り返す。
「だから、こないだの答えを言いに来たんだよ」
さっきも言っただろ、と不機嫌そうに返されるが。その言葉が一体何を意味するのか、いっこうに分からなくて困るのだ。
そして、彼はこちらの困惑を全く意に介さず話し続ける。
「この二週間、ずっと考えた。最初は戸惑ったし、ありえないとも思ったけどな、正直、おまえの気持ち知った時は…嬉しかったし」
「…俺の気持ち…?」
少しは目の前でグルグルと悩む俺のことも気に留めてくれと切に思う。
「気付けばおまえのことばっか考えてて、だから、その…」
「っ、ちょ、ちょ、ちょっと待った!!」
このまま放っておくととんでもないことを言われそうで、俺は慌てて遮った。
「なんだよ?」
「ホントにさっきから何の話を…」
なんだろう、この流れでいくと勘違いでなければ告白とか、そういう類いのことをされるような気がする。
しかも知らない内に俺が告白していたとか、そんな流れになっているのは何故なんだ。
狼狽する俺を見兼ねたのか、彼はポケットから何やら取り出す。
「……これ」
あちゃあ…
コナンに示されたモノを見て、思わず頭を抱えたくなった。
どんなに小さかろうともう二度と見落とすまい“新一LOVE”の文字。
二週間前、俺が怪我をしたコナンに貼ってやった、例の絆創膏だった。
ただし、絆創膏にメッセージを書いたのは俺ではないし、それを俺にくれた毛利蘭でもない。友人に悪戯されたという説が一番有力だろう。
「オメーの気持ちだと思っていいんだろ?」
「えぇと、そのぉ…」
誤解を解こうとして、はたと気付く。これは千載一遇のチャンスじゃないか。
近々甘ったるい言葉を尽くして口説き落とすつもりだった彼が、落とす前に落ちてきた。こんな幸運を逃してはならない。正に棚から牡丹餅だ。
しかし、美味しすぎる話には、必ず落とし穴があるもので。
この場合、他の人間から事実が伝われば、怒り狂った彼に間違いなく殺される。
いや、俺は悪くないんだと思いたい。しかし、誤解を招きかねない行動をとってしまったことは紛れも無い事実。
今の内に説明しておいた方がいい。それはわかっているのだけれど。
「つまり名探偵の答えは…俺と付き合ってもいいってこと?」
心は悪魔の囁きを選んだ。
先に言質さえ取っておけば後はどうとでもなる、はずだ。
コナンが照れたようにそっぽを向いたまま頷く。
あまりの幸福に居ても立ってもいられなくなり、未だ赤い頬に音を立てて口づけた。
「ありがと。大好きだよ」
たぶん俺も、と小さな声が返ってきたのを聞いたところで、深呼吸。
最初の痴話喧嘩を始めるべく、俺は重たい口を開く。
「そんで、その絆創膏のことなんだけど…」
全身全霊を捧げて謝るから、どうか許して、俺の恋人。
END
2011.3.4
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