言葉が出ない、というのはたぶん、こんな状態のことを言うんだろう。言いたいことは山ほどあるのに、この唇は役立たず。両目で地面を睨み続けることしか出来ない。
ふるふると、体中が小刻みに震えるのは、沸き上がる怒りか、それとも羞恥のせいか。
「コ、ナン…?」
不安げに、こちらを窺うように彼が名前を呼ぶ。
その態度にも憤りが増幅する。
「やっぱ、怒ってる、よな……?」
当たり前のことを聞くんじゃねぇ。
そう怒鳴りたくて僅かに顔を上げれば、先程この頬に触れた唇が視界に入って、また言葉を奪う。
「ホントごめんっ」
「……バーロー…謝って済む問題かよ」
なんだろう、やっと絞り出したこの力ない声は。
「さぞや面白かったことだろうな、おまえなんかに…」
好かれたんだと思い込んで、滑稽に悩んで、出した答えに動揺して、答えを告げに来た俺のことが。
ゴミでしかない絆創膏も捨てられない。キッドには随分助けられてしまったから、この感情は吊橋効果でしかないんだと言い聞かせても。
どうしても捨てることが出来なかった。
「面白がってなんかいないって」
ポーカーフェイスなど跡形もない目の前の男は、困りきった表情で言葉を続ける。
「嬉しかったんだよ」
「人のことバカにすんのも大概にしろよ、このバ快斗」
言い訳など誰が聞くかと言い捨てた。
「勘違い利用したのは謝るから」
それに。
男がボソッと付け加える。
「さっきからバカバカ言ってんの、めーたんてーの方、なんだけど」
「…何か言ったか?」
「いえ何にも」
ギロリと睨めば、フルフルとかぶりを振る。
「…せっかく初めて名前呼んでくれたのに、バカイトって……」
彼は気落ちしたようにため息をつきながら、口の中でよく分からないことを呟いた。
「言いたいことがあんなら、」
「しょーがないじゃん!」
はっきり言え、と続ける前に遮られる。
――こいつ、とうとう開き直りやがった。
「だって俺、コナンのことが大好きなんだよ!」
そんな風にただただ必死な顔で、告げてくる怪盗は卑怯だと思う。
「だから、」
情けないとか格好悪いとか、否定する言葉なんて幾らでも浮かぶのに。
「今度コナンが怪我したら真っ先に飛んでって…」
また俺の言葉を奪うのだ。
「ちゃんとコナンLOVEって書いた絆創膏貼ってやるから!」
「……は?」
「もちろん、ハート柄のヤツねっ」
その思考回路と言動には、呆気にとられるしかないのだが。
暫し固まって、我に返って、
「いらねぇよ!」
意外と伸びる頬を思い切り引っ張った。
今度こそ意外と変装が解けて、見たことのない素顔が飛び出すのかもしれない。
「イテテテテ…っ!」
例えば涙目になったこんな顔とか。
END
とりあえず仲良しです。
2011.4.16
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