江戸川コナンの恋人(自称)である俺、黒羽快斗にとって最強にして最大のライバルは、彼の膝の上に鎮座する、相変わらず厚みのある本だ。それには今まで勝てた試しがない。
何せ相手は本なのだ。俺のコナンを返せと言ったところで、聞き入れてくれるはずもない。交渉の余地すらないのだから。

…だとか、コナンが構ってくれなくて暇すぎるため、馬鹿馬鹿しいことを半ば本気で考えている。


試してるの?誘ってるの?




構ってオーラを撒き散らし続けて早一時間。
たぶんこのままコナンの正面に座り込み続けていても何も起こらないことは確かだろう。

そろそろ作戦、変更かな?

きっと、視線の高さが合わないことが敗因に違いない。
「よしっ」としゃがんでコナンの顔を覗き込む。

「…コナン?」

「…………」

ダメだ、どう考えても目が合いそうにない。
コナンは顔を上げる気配もなく、キラキラした両目が楽しげに文字を追いかけていた。

――というか、ここまで近付いても気付かないなんて、ちょっと集中しすぎだろ。

邪魔物扱いどころか、存在を完全に黙殺されている。

「はぁぁぁー…」

至近距離で深々と溜め息。
吐いた息でコナンの前髪が揺れる。
それが少し面白かったのだけれど、ふわふわと漂う前髪の観察も十分以上経過するとさすがに飽きた。

さて、次はどうしようか。
無視されているのは寂しいけれど、ここはあくまでポジティブシンキング。
たぶん今なら何でもできる。

「んー……」

暫し考えた末、結論が出た。

「よいしょっと」

今度はコナンの後ろに座り込んで、小さな身体を引き寄せ、膝の上へ乗せてしまう。
それでも文句は言われない。五感が相当鈍っているらしい。特に聴覚と触覚が。
何はともわれ、思う存分くっつくことができる滅多にないチャンスを無駄にはすまいと。

「…コナンちゃんって、いーにおいするんだよねぇ」

そんな独り言を呟きながら、柔らかい髪の中へ鼻を埋めた。

大好きな人の香りを感じると、嬉しくて愛しくて…おんなじくらい切なくなる。
丸ごと全部大好きだから、香りすら手に入れてしまいたい。
なのにそれは形なく漂うばっかりで、感じた先から消えてしまうから。
いつだって側にいたくて、側にいたら抱きしめたくて、求めても求めてもまだ足りないと思う。
いつも香りを満喫する隙もなく、引き剥がされてしまうせいでもあるけれど。

…でも今は。
ここまでしても抵抗されないってことは、誘われてんだよね、と勝手な解釈。
目の前にある柔らかそうな耳たぶへ、かぷりと優しく噛み付いた。

「ぉわっ」

途端にコナンが膝の上の本を放って飛びのく。
抱き抱えられていたことにも今更気付いたようで、ついさっき触れた耳が桜色に染まっていくのを、緩んだ顔で見守った。

「てめっ…いきなり何しやがるっ!」

「何って…愛情表現に決まってるじゃん」

険のある言葉に満面の笑みで答える。
やっと気付いてくれたことがただ嬉しい。

「どこがだ。急に人の耳食ったりすんな!」

「だってコナンちゃん、いいにおいするからさぁ」
身体も甘かったりするのかなぁなんて思っちゃって。

「…はぁ!?」

「傍にいるといっつも抱きしめたくなるのっ」

「……襲いかかりたくなる、の間違いじゃねーか?」

うろんな目で見てくるコナンをもう一度抱き寄せた。

「失礼な。俺はいつでも紳士だって」

「だったら今すぐ離れやがれ」

「えーっ!くっついてるくらい、いいじゃんっ」

両の手の平で思いっ切り押し返されるとさすがに少し傷つく。

「……コナンちゃんが紳士じゃない対応をお望みなら、今すぐ襲ってあげてもいいんだけど?」

少しだけ腕に力を加えれば、小さな身体は呆気なく床に転がる。

「どうする…?」

散々無視してくれた復讐だとばかりに熱っぽい目で見つめれば、コナンは見事なくらい真っ赤になった。
薄く開いた唇。
うん、今度こそ絶対に誘われてる。
その甘い唇に口づけるべく、更に顔を近付けると…



「…貴方、此処が何処だか覚えているのかしら?」

割って入った第三者の声で、甘ったるい空気は一気に冷えた。

「あー…」

そういや此処、俺の部屋じゃなくて…阿笠博士の家だっけ。

「てめー…さっさとどきやがれ!!」

「ぃでっ」

更に赤く染まった顔を晒したコナンの蹴りが思い切り腹に入って呻く。
そんな俺の存在を丸っきり無視した哀ちゃんは、何事もなかったかのようにコナンを見て言った。

「どうせ今日は泊まっていくんでしょう?夕飯ができているから」
さっきから博士が待っているわ。

「あぁ、悪いな」

頷いたコナンは先を行く哀ちゃんを追い掛ける。
このまま無視されて堪るかと俺も声を上げた。

「俺も食べてっていい?」

「…貴方は今すぐ帰った方がいいわよ」

まさかそんなに冷たく断られるとは思わなかった。

「なんでー!?」

振り向いたコナンがニヤリと笑う。

何だか、嫌な予感…

「今日の夕飯、俺のリクエストで柳葉魚の天麩羅と鰆の、」

途端に、コナンの傍にいて気付かなかった夕餉の匂いを嗅覚が捉えた。

「っ謹んでお暇させていただきます!!」

つまり、帰れと言ったのは哀ちゃんなりの親切だった訳だ。
コナンがアレを食しているところなど見たら、しばらくキスが出来なくなる。慌てて逃げ出すことにした。






珍しくも玄関まで見送りに来たのは哀ちゃんだった。
「どうしたの」と尋ねると、「感心したの」と哀ちゃんが答える。

「よく、彼を現実に引き戻せるわね。いつもは読み終わるまで何を言っても聞こえていないのに」

さっき、読みかけの本を放り出したコナンと、じゃれていたことを言っているらしい。
それは、あんなことやこんなことをしたせいなんだけど。たぶん、9割方。

「お陰で夕食が無駄にならずに済んだわ。彼、自分でリクエストしておいて忘れるんだもの」

じゃあねと言った哀ちゃんに手を振って、背中を向けた後、にやけそうになって困った。
ようするに。
俺、もしかしてけっこう愛されてるのかも…?



END

しゃがみこんで一心にコナンを見つめ続ける、快斗を絵にしたら物凄く可愛いんじゃないかと思った。
2011.1.8


 
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