高まる鼓動

行き交う車のヘッドライトに、煌々と夜道を照らす街灯の明かり。
たぶんよっぽど田舎へ行かない限り、真夜中は幾つもの影が見える。
誰かが後ろからやって来ると思ったら、自分の影だった。そんなことが何度もある。
時々通りの向こうの人影さえ、自分の影だと思ってしまう。黒い影が予測外の行動、つまり自分と違う方向へ歩いて消えたりする。それでやっとあれは人だったのだと分かる。そういう時は酷く驚いてしまう。
影だけを目で追って歩く内に、いつの間にか誰もいない世界にいるのだと、思い込んでいたりするからだ。



その男は、俺の影の中から現れた。
正確には街灯の脇を通り過ぎる瞬間に出現した影と共に現れた、と言うべきか。
影の中の人物に腰の辺りを掴まれ、あっという間に体が宙へ浮く。
鼓動が跳ねる。

「…びっくりした?」

首を回すと笑っている彼の顔が見えた。

「……心臓に悪い」

ムッとして文句を吐く。

「心臓に悪いのはこっちだって」

言い返した彼はとりあえず俺を地面に下ろした。

「こんな真夜中に何やってんだよ?あっさり捕まるなんて危なっかしい」

そう言われて更にムッとする。自分の神出鬼没ぶりを忘れているんじゃなかろうか。

俺があっさり捕まってしまうのはこの男に忍び寄られた時だけだ。逆のことは全く叶わないというのに。
真夜中に他人に見咎められると面倒だから、神経を張り詰め、常に警戒を怠らず歩いている。
けれど、気配に気付くのがいつも一瞬だけ遅い。
コイツが誘拐犯やら凶悪犯やらだったら、即、とんでもない状況に陥るだろう。
幸い、怪盗キッドはただのコソ泥だった。



「オメーは何してんだよ」

真っ白い男と子供が並んで歩く。ますます他に誰も存在しないような錯覚に囚われてきた。

「夜の散歩。飛んでたら名探偵が見えて下りてきた」
「そりゃ酔狂なことだな」
「散歩が?それともわざわざ下りてきたこと?」
「両方だ」

そうかと言って彼は笑う。
こんな衣装を着て散歩の訳がないから、下見とか密かな犯行とか、そんなことなんだろうと考えた。

「で、名探偵は何やってんの?」
「…別に何もしてねぇよ」
「何もってことはねぇだろ」
「歩いてるだけだ」

人のことは言えない。俺自身も同じくらい酔狂だろう。

「ふぅん」

突っ込まれるかと思ったが、キッドは軽く相槌を打つだけだった。
深く聞かれないことが有り難かった。

これは全く以て酔狂な散歩ではない。
逃げ出してきた。蘭が泣くから。

啜り泣きの声を聞いて眠れなくなるのは、胸を締め付ける罪悪感のせいだった。

俺が好きなのは蘭だ。大切な幼なじみだ。
これ以上彼女が涙を流さないように。望みはそれだけだったはずだ。
胸の内で何度繰り返しても、向ける感情が形を変えてしまったことを知らされる。
大切な存在を心に思い描けば、一番に彼女の姿が浮かぶのだけれど。次に浮かぶ男の姿から、俺は目を逸らすことができない。
今も。



「送っていってやるよ。このまま歩くか空の旅を楽しむか。どっちがいい?」

まだ帰らないとは言えなかった。
冷静に考えれば“コドモ”が歩くには適さない時間だ。

「キッドが夜道歩いてたら通報されるぞ」

見送りなんていらないと返すべき場面なのに、突き放すこともできなかった。

「それはお互いさまだけどな」

そんな言葉を返してきた後、キッドが少し考え込む。

「もう少し行けば高台だ。そこまで抱いていってやるよ」

またもや捕まえられてしまう。やっぱり逃げ出す隙もない。

「……なんでんなことすんだよ」

すぐなのだから自分の足で歩けばいい。

「んー?
何かお前、疲れた顔してっから」
「…そうか?」

疲れの原因に言われてしまった。
ぐったりするほど悩んでいるのは、間違いなくコイツの言動のせいだ。

「いつもより反応鈍いし。普段ならもっと抵抗するだろ」
まさか熱とか出てないよな?

何気なく額を合わせられてまたもや鼓動が跳ね上がる。

こうやってまるで友人のように、親しい態度をとるからいけない。犯行現場に顔を出せば嬉しそうにして、惜し気なく笑ってみせるからいけない。
俺が好きなのは蘭なのだと、何度言い聞かせてもコイツの顔が過ぎる。
そろそろ諦めた方がよさそうだ。



まるで大切な何かのように、両腕で俺を抱え込んだキッドが高台から空へ舞う。

些細なことにいちいち高まる、鼓動が全ての答えだった。



END

2011.1.28


 
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