なんでそんな風に微笑えるの?

「こいつが殺されてもいいのか!?」

ドアの向こうから聞こえてきた声に、まさかと思う。

「お、落ち着きなさいっ!」

上擦った目暮警部の声。一方、探偵役の声は中途半端に途切れたまま聞こえない。

「絳部、その子を離すんだ!」

我慢できずにうっすら扉を開けて覗き込むと、予想通り、犯人に抱えられてナイフを突き付けられているのは江戸川くんだった。

(なに、やってるのよ!?)

苛立ちは彼と己の両方に向けられ、ただただ息を殺して展開を見守る。
眠りの小五郎お馴染み推理ショーが繰り広げられていた室内は、一瞬にして緊迫した空気に包まれた。

「来るなよ…」

人質をとって逃げようとしている絳部は自殺に見せ掛けてまだ中学生の少女を殺した。
もう一人子供を手にかけることだって躊躇わずにできるだろう。

「こんなところで捕まって堪るかっ!」



「……それで?」

冷静さを失った大人たちが立ち尽くす中、一番冷静でいられないはずの彼が、酷く平坦な声を発する。

「…え?」

絳部は虚をつかれたような顔をして腕の中の子供を見た。

「逃げてどうするの?」

全員の注目を集めながら、それを気にするそぶりもなく、自分に刃物を向ける男へ淡々と語りかける。

「さっき、後悔してるって言ったよね?ここで放って逃げ出したら、あなたはいつまでも心の中で碧さんを殺し続けるんだ」

「……」

「何で碧さんが抵抗しなかったか分かる?
…信じていたからだよ。ずっと前にほんの一時だけ見せてくれたあなたの、優しさを」







カラン



呼吸すら躊躇われる張り詰めた空気の中で、絳部の手から凶器が滑り落ちた。
続いて、人質として捕えられていた彼の身体も。

「…、うっ」

江戸川くんが床へ落ちるのと同時に、絳部はどさりと膝を着き、静かに涙を零し始める。
手錠をかけられる絳部に向けられた彼の、奇妙に感情の読めない瞳。
解放されてホッとしている訳でも、事件の顛末を悲しんでいる訳でもなく、無表情のまま見つめている。



「コナンくん、こんな所にいたら危ないじゃないか」
毛利さんの手伝いをするためだとしても。

「ごめんなさーい」

その癖、高木刑事に咎められれば、えへへと子供らしく笑ってみせるのだ。
今日の彼はおかしい。推理ショーの最中にあっさり人質にとられてしまったことも、その後の態度も。子供の振りだけはいつも通り見事だけれど。落差が激しすぎて違和感しか感じない。

そして、彼をそうしてしまったのは間違いなく私だと数十分前に発した言葉を悔やんでも、もう取り返しはつかなかった。







「あなたどうして笑っていられるの!?あの子は大切な人を失ったのよ!?」

高ぶる感情のまま彼に、たった今、犯人の正体にたどりついて得意げな顔をしている江戸川君に、そうぶつけた。すぐさま失敗したと思った。
瞬間、彼の口元から笑みが消え、強い瞳から光が失せたからだ。

感情移入しすぎていた。それがいけないとは思わないけれど、彼の何かを壊してしまった。

殺害された碧さんは、毛利探偵や蘭さん、吉田さんたちと共に招かれたパーティーで出会って仲良くなった少女の、姉だった。もう親もない彼女にとって、最後に残された大切な存在だっただろうに。

私と、同じ。

現実を突き付けられて目が腫れるほど泣いている少女を見て胸が痛かった。何としても犯人を見つけ出してほしいと望み、けれど事件のトリックを解き明かして笑う探偵を見たら、あんまりだろうと。



「…わりぃ」

人一倍優しい心を持つ彼が、この事件を何とも思っていないだなんて、だから笑っていられるのだなんて、どうして考えてしまったの?

力なく謝罪して去っていく背中に、私は声をかけることができなかった。



2010.12.24


 
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