「女ってのはどうしてあんなに“運命の相手”てのが好きなんだろうな」
「何でこんな時にそんな話なんだよ」
どんな顔をしているんだか見てやりたいけれど、さっきから見えるのは風に翻るマントばかりだった。
「気が紛れるだろ?」
「そりゃ、そうだけど」
爆発の熱で肌がちりちりする。
黒い煙に覆われて。背後を振り返っても何も見えない。
「この前青子が言ってたんだ」
こんな状況下にいるとは思えない、普段通りの声で快斗が続けた。
「赤い糸で結ばれてる、なんてさ。何か脆そーな繋がりだよな。すぐにぶちってちぎれそう」
「そういうのがロマンチックで、いいんじゃないのか?」
「名探偵からそんな言葉が出てくるなんて」
「蘭の受け売りだよ」
心底意外そうな声が返ってきたから、慌ててネタ元を明かす。
「何だー」
まぁ彼女もそういうこと言いそうだよね。
やっと快斗が、チラリと振り返って小さく笑った。
「俺はもっと、頑丈で確実な繋がりの方がいい」
「ていうか、運命なんて後付けだろ」
「そんなもの信じない?」
「さぁ。あんまり考えたことねぇな。でも都合の悪いことを全部運命に押し付けて諦めるのは大嫌いだ」
「俺も同感」
堤防の下に広がる暗い海は、炎を映してゆらゆらと燃える。
赤く燃え立つ倉庫街は月を隠すほど明るい。
何かが焦げたような臭いが漂っていて。
さっきから汗が止まらない。
それは、辺りに充満する熱のせいだけではなく。
「…おまえの糸が俺以外に繋がってたらぶった切ってやる」
本気を滲ませた言葉に笑う。
「ロマンのカケラもないな」
元々、ロマンチックからは遠すぎる状況にいるのだから当然なのだけれど。
組織のアジトらしき場所に潜入した。
成り行きで快斗、いや、見た目はキッドと二人で。
しかし、こちらが情報を掴んだことがバレたのか、壊滅させるつもりだとしか思えない爆発が次々と起こって、もう何が何だか、だ。
「そういえば」
揺れるマントを見ていたら今更疑問に思った。
「おまえ何でその格好なんだ?」
「キッドだから?」
「答えになってねぇよ」
服、真っ黒だぞ。
本当は、灰の黒よりも赤が、広い面積を占めている。
不安が増すだけだから見ない振りをするけれど。
「こっちの方が、目立つだろ?」
「目立ってどうするんだよ」
「敵を引き付けてコナンを逃がす」
「馬鹿言ってねぇでさっさと脱げ」
思い切りマントを引っ張ってみたが、快斗に脱ぐ気がなければ全く意味がない。
快斗は足を止めすらしなかったから、引き摺られるようにズルズルと進む羽目になった。
「だって、右足怪我してるだろ?」
指摘されて、パッと手を離した。
「たいしたことねぇよ」
「嘘。さっきからずっと引き摺ってる」
こいつは背中に目がついているのだろうか。
「物を蹴るのに支障はない」
そもそも、より深い傷を負っているのは、銃弾をくらった快斗の方なのだ。
何でもないように歩き続けるその姿を、追い掛けるのが酷く辛かった。
「で、どっち行けばいい訳?」
分かれ道で快斗が立ち止まる。
「知るか。そこまで調べつかなかったんだ」
どちらの道の先も同じような建物が連なっていて、同じように薄暗い。
「…無計画過ぎない?」
振り返った快斗は完全に呆れ顔だ。
「何か文句あんのかよ」
「別にー。どうしてコナンちゃんは組織が絡むと無鉄砲になっちゃうのかなぁと思っただけ」
「仕方ねぇだろ」
手がかりなんてないに等しい。だからこそ、少しでも見つけたら食らいついてしまう。
本能が騒ぐのだ。これを逃したら後はないぞと。
「さっさと進まねぇと追っ手が来るぜ」
無鉄砲な自覚は十分あるが、大事なのは何かを掴んで無事帰り着くことだ。
背後の火の手はだいぶ収まってきているから、そろそろ見つかってしまうことだろう。
「二手に分かれるしかなさそーだな」
やむおえない、と快斗が言った。
「あぁ」
こちらは元よりそのつもりだ。
「じゃ、俺は右」
コナンはあっちな。
どっちが危険かなんて分からないから、異論を唱えようがない。
焦らずちゃんと調べ上げればよかったと後悔して、結局白いままの背中をきつく睨んだ。
「…死んだら、ぶっ殺す」
「へぇ」
真剣に言ったのに、笑いが返ってきた。
「どうやって?」
「揚げ足取るなよ」
無事な方の足で蹴っ飛ばしてふて腐れる。
「名探偵こそ、何かあったらただじゃおかないぜ?」
スッと笑みを消した快斗は、その言葉だけ残して離れていった。
頑丈で確実な繋がりなんて存在しない。糸が切れるように遠くなって、そのまま会えなくなる可能性だってきっとあるはずで。
もしもそれが運命で定められていたとしても。
絶対に最後まで抵抗し続けると決めた。
とりあえず今は暗がりの中を走る。
この道の先で、もう一度快斗と会うために。
失ったものを取り戻して、見上げることなく快斗と向き合うために。
2010.4.24
状況設定が適当なのは、元ネタが数ヶ月前に見た夢だから。
[ back ]