何となく気が向いて、学校帰りに快斗の高校へ寄ってみた。
わざわざ少年探偵団の誘いを断ってまで会いに来たのは何故なのか。
深くは考えなかったけれどもしかしたら、寒かったから、なのかもしれない。
校門から出てくる快斗の姿を見た途端後悔して、このまま背中を向けて帰ってしまおうかと思ったけれど。
「あっ、コナンちゃんだー!」
満面の笑顔で駆け寄ってくる快斗。それを追うのは幼なじみの少女だ。
「どうしたの?コナンちゃんから来てくれるなんて珍しいじゃん」
「…特に用事があった訳じゃねーんだけど」
気まずく俯いたまま、言う。
ひたすらにこにこしている快斗よりも、その後ろで少し不満げな表情を浮かべた、彼女のことが酷く気になる。
「その子、知り合い?」
もしかしてその子とどっか行っちゃうの?
がっかりした声に、責められているような気がした。
「ごめんな。青子には今度付き合うから」
用事はないと言っているのにも関わらず、幼なじみよりもコナンを優先してくれる快斗は、やさしい。
でも、何となく素直に喜べない。
「今度って…快斗最近付き合い悪いよ」
同じような言葉を同じような表情で、今日も子供達に言われたなとぼんやり思うけれど、胸の内にある感情は全く異なるのだろう。
彼女にとっての“黒羽快斗”は、ただの友達ではないようだから。
二人の、仲の良さが窺える喧嘩に口を挟めないまま、制服の波に混ざって立っている。
小学生がこんな所にいるとどうしても目立ってしまうのか、ボウヤどうしたの?とか、快斗くんの弟?とか。
そんな言葉ばかりかけられた。
可愛らしい少女と自分を並べて、どちらが快斗の隣に相応しいかなんて、考えればただ虚しくなるばかりだ。
より強く感じるものは嫉妬よりも、慣れ親しんだような、疎外感。
全く別の日常があるのだと、見せ付けられるようで。
置いていかれてしまう、焦燥と、寂しさ。
どんなに走っても追いつかない。
どうか振り向いて、屈んで、目線を合わせて。
首が痛くなるまでひたすら見上げて、ただ待っているしかない“子供”だから。
もういいや、と思って、快斗の袖口を軽く引っ張った。
「約束あるなら、僕帰るよ?」
「いやいや帰らないで!青子とはもう話ついたし」
帰すものかというように、慌てて返されて戸惑った。
その勢いのまま彼女に「じゃーな」と言う。
いつの間に話が終わったのか、彼女も笑顔で手を振って帰っていった。
「…本当によかったのか?」
背中が見えなくなってから問い掛ける。
下校ラッシュは過ぎたようで、生徒の姿はもう見えない。
「当たり前じゃん。俺は友達より恋人を優先する男なのっ」
じゃ、行こ?
視界に入ってきた手の平をじっと見た。
「…何だよこの手」
「繋ごうっていうお誘いだよ」
今日、けっこう寒いからさ。そうした方があったかいじゃん。
相変わらず、にこにこと笑顔のまま言われたけれど。
「俺はこれで十分だ」
差し出された手を無視して、ポケットに両手を突っ込んだ。
「なーに拗ねてんの?」
こいつは、呑気なんだか鋭いんだか。
口調が軽いから逆によく分からない。
「…拗ねてねーよ」
「素直じゃないなぁ」
「今更だろ」
快斗は、何か考えるように間を置くと。
「だったらこうしてやる!」
目の前に屈んで、両腕を伸ばして。
「ぉわっ」
急に身体がふわりと浮いた。
「んー、やっぱお子様体温だね。あったかい」
そう言って、ぎゅーっと抱きしめてくる。
「俺の体温奪うなよ。というか、子供扱いすんな」
不愉快だと、抱き上げられたせいで間近にある顔を睨みつけた。
「子供扱いなんてしてないって。特典をしっかり生かしてるだけ」
「特典?」
「コナンちゃんがちっちゃいお陰で、ところ構わずイチャイチャできるっていう…」
「少しは気にしろ!」
俺は十分恥ずかしいんだよ、と思う。
やっぱりこいつはただのバカかもしれない。
脱力してしまいながらも、いつの間にか憂鬱が吹き飛んでいることを知る。
快斗の腕の中にいる自分は、ますます子供にしか見えない。その事実は変わらなくても。
とりあえず温かいからいいか、と。
ふて腐れたまま目の前の身体へそっと顔を寄せた。
2010.4.17
寒い日には恋人の体温が恋しくなる、かもしれない。コナンだって。
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