発泡スチロールみたいな薄汚れた雪が、今日も町中に積もっている。
「転ぶなよー」
手、繋ごっか?と快斗は言った。
路面が凍結しているから気を付けるようにと、親切な女性キャスターも朝のニュースで注意を促していた。
「いらねーよ」
そもそも、繋いだまま転んだら共倒れだろう。
しかめっ面で即答したのは、ちょうど滑りかけた直後だったからだ。
この道で滑らない都会人の方が珍しいと思う。快斗が転びかけた瞬間も、先程しっかりと見届けた。
「俺はどっかの間抜けなこそ泥とちがって、スケートど下手じゃねぇし」
からかわれて少々ムッとしたらしい。
「俺はどっかの馬鹿な探偵みたいに、」
負けじと快斗が反撃してくる。
「雪崩に巻き込まれて死にかけたことないし」
「……」
転ぶ、転ばないの話をしていたはずで、果してそれは今、関係あるのか。
しかも腹立たしいことにその話題だけはどうにも歩が悪い。
黙ってさくさくと雪を踏む。
「雪が積もるたび思い出すんだよなぁ…」
快斗も同じように雪を踏みながら、続ける。
「どうしてくれんだよ俺のトラウマ」
「知るか」
恨みがましげな声を切って捨てた。
「現場見てないくせに何がトラウマだ」
さくさくさく
溜め息を吐きながら足を早める。
小学生の友人たちと同じくらい積もった雪に大はしゃぎしそうな快斗が、何となく浮かない顔をしていると思ったら。
あの雪崩が原因だったとは。
忘れかけていただけに複雑な気分だ。
「…わかってないなあ」
余裕の足取りで追いついた快斗が、ひょいと一歩前へ出て言った。
「見てないからこそ怖いんじゃん」
そして、足元の雪を軽く蹴り上げる。
「コナンちゃんが、どれくらいこんな雪の中に埋まってたのかな、とか、どれくらい冷たくなってたんだろ、とかさ…」
話す声に暗さはなかったけれど。
小さな子供の身体では、俯いた彼の表情をたやすく窺えてしまう。
そんな顔を見るのは好きじゃなかった。
「コナンにもしものことがあったら、俺は生きてけないな、とかさ」
遮るように言う。
「もしもなんてねーよ」
「その自信、いったいどっからくんの」
やめてよ。
呆れ顔で嫌そうに快斗が返す。
「どっからって…まぁ、経験からだな」
「経験……」
死ぬかもしれないと感じたことは何度もある。何度もある割にちゃんと生きている。身体の機能を失うこともなく、健康に、今も。
人間、そう簡単には死なないものだ。
都合のいい結論に辿り着いたところで、ふと、小さな公園が視界に入った。
何となく足を止めて言ってみる。
「そこの公園、けっこう雪が残ってるな」
「…あのさぁ」
溜め息が返ってきた。
「そんなどうでもいいことみたいに、あっさり話変えないでくれる?」
「別に変えてねーよ」
「はあ?」
俺の中では変わっていない。
「せっかくだから雪だるまでも作っていくか?」
彼のトラウマ、らしきものを作ってしまった当事者として一応責任を取って、せめて雪の楽しい思い出でも、今から上書きしてやろうと思ったのだ。
「…なんで急に雪遊び?」
解せないと首を傾げる快斗に、わざわざ胸の内を明かす気はないけれど。
END
2013.3.18
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