夏は好きだ。と言っても特別好きと言う訳でもない。どの季節もそれなりに好きなつもりでいる。
お前らしいなと恋人は言う。
彼は夏が嫌いである。
彼が夏を嫌ったところで、俺が夏を嫌うことはないけれど。
「ひっつくなよ暑苦しい」
ないけれどそろそろ嫌いになってしまいそうだ。
ギラギラと照りつける太陽が容赦なく気温を上げるせいで、恋人とイチャイチャすることができない。
「暑い訳ないだろ。クーラーガンガンに効いてんだから」
あっという間に俺を押しやってくれたコナンが、うんざりと返す。
「オメーの体温が暑いんだよ」
そして扇風機のスイッチに手を伸ばした。そんなに暑いのか。
人の温もりを感じたくなる程度には、ひんやりした室内だと思うのだが。
彼曰く、真夏にあんなスーツ着込んで空飛んでる奴の感覚なんておかしいに決まってるから信用できない、とのことだ。
夏に近づき始めた頃から、この攻防は何度も繰り返されている。今日もまた俺の負けが確定しそうで、愛しい背中に近付くことすらできない。
しかし、今日こそ諦める訳にはいかない、と思った。
諦めてしまったが最後、夏の数か月間のスキンシップを禁じられるという事態は一生改善されず、寂しくて寂しくてきっと死んでしまう。
よし、と密かに覚悟を決めて、練りに練った策略を実行に移す。
「じゃあ他の誰か抱きしめに行ってきていい?」
暗に「なら俺浮気する」と言ったのだ。
ピク、とコナンの背中が反応した。
ややあって室温を更に下げるような、絶対零度の答えが返る。
「……好きにすればいいだろ」
どうでもいいとでも言うようにあっさり許可されてしまった。ここまでは計算通りだ。たぶん。
…少しだけ不安にはなるけれど。
「うん、好きにする」
内心の不安は隠して腰を上げた。
本当に行くとは思っていなかったのだろう。
え、とコナンが振り返る。にっこり笑って手を振った。
真昼の太陽の下をぶらぶらと歩きながら、何にしようかなと考える。
とりあえず彼の家よりも更に空調の効いた場所、スーパーの冷凍食品売り場あたりで体を冷やして。
抱え込めるほど大量のアイスでも買い込んで。
希望的観測からすると動揺して悶々としているはずのコナンを、保冷剤と一緒に抱きしめよう。
三十分ほどで目的を果たすことができた。
合鍵を回してドアを開ける。
「ただいま」
コナンは冷房の効いた部屋ではなく、熱気のこもる玄関にいた。
追いかけるかどうか迷っていたのだろう。
靴紐が解けたままの靴を引っ掛けて、ぼんやり立ち尽くしていた。
「これ、俺の浮気相手。コナンちゃんも抱く?」
スーパーの袋を抱いたまま、俺はしれっと言ってのける。
ぽかんと固まったコナンが、我に返ること数秒後。
「…っふざけるな!!!」
またも予想通りの展開だが、案の定思い切り殴られた。
END
お題「夏の策略」
2013.1.10
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