鳴り響いたチャイムの音に、依頼人だと思って渋々テレビを消してから(もうすぐヨーコちゃんの出るドラマが始まるのだ。)ドアノブを掴んで開けてみたら、

「なんだ、お前か」

 そこに立っていたのは本庁の高木だった。

「すみません毛利さん。今忙しいですか?」

 申し訳なさそうな顔で聞くから不機嫌に鼻を鳴らして、ああ忙しいと言ってやった。室内に引き返してテレビをつける。
 テーブルの上に乗ったビールの空き缶と、沖野ヨーコが大写しになった画面を見て、暇なんじゃないですかと高木が苦笑した。

「俺はヨーコちゃんのドラマ見るのに忙しいんだよ」

 そう答えつつも接客用のソファーに腰を下ろし、仕方なく用件を聞いてやる。

「で、この名探偵に何の用だ?」
 一人で来るなんて珍しいじゃねぇか。

「ええ、ちょっと個人的に毛利さんの意見を聞いてみたくて…」

 向かい側に浅く腰掛けた高木が言葉を濁す。これはひょっとすると難事件かもしれない。
 リモコンを掴んでテレビを消した。ちゃんと録画できているのは確認済みだから、後でじっくり見ればいいだろう。

「で、どんな事件なんだよ」

 少しだけ高木の来訪の理由に興味を持って、ぶっきらぼうに話を促してみる。

「いえ、事件の話ではなくて…」

 まだうだうだと煮え切らない話し方を続けていた高木が、やっと決心がついたかのように、

「実は」

 酷く真面目な顔になって切り出した。

「コナンくんのことなんです」
「はぁ?アイツなら学校行ってていねぇぞ?」

 何せ平日の真っ昼間だ。高木は非番なんだろうが。

「分かってます。だからわざわざ今日来たんですよ」

 納得したようなしていないような、曖昧な返事で煙草に火をつけた。

「毛利さんもご存知ですよね?先週起きた爆弾事件のことを」
「あ?あぁ、小僧が爆弾解体したっていう…」

 あれをニュースで見た時は、驚愕のあまりコーヒーを吹いたものだ。と回想して、ふと思い至る。

「あの、東都タワーのエレベーターに閉じ込められた警察官ってお前だったのか?」
「はい、そうです。コナンくんと一緒に」

 そうかと答え、考える。高木といい小僧といい運の強い奴らだ。
 いや、どちらかというと巻き込まれちまった時点で悪いのか?

「犯人が仕掛けた爆弾ってのは、ガキに解体できるほど単純なもんだったのかよ」

 その、運が悪そうな男に問いかけると、

「とんでもない。僕は爆弾の図面を見たんですが、さっぱり分かりませんでした」

 そう主張する。

「外にいる爆発物処理班に電話で指示を出してもらって、それを僕がコナンくんに伝えて解体させたんです。でも、」

 次第に、彼がコナンの何を話したいのかが見えてきた。

「コナンくんは僕の説明を聞いていなかったんですよ」
「聞いてなかった?」
「はい、全く。説明の途中でもコードを切断する音が聞こえていて…コナンくんの様子は見えなかったんですが、迷いも躊躇いも感じられないスピードでした。コナンくんは爆弾を解体する方法を知っていたんだと思います」

 まさかあのガキが、とは言えない。あのガキなら有り得ると思わせてしまう何かが、コナンにはあるのだ。

「どうせ探偵ボウズに教わったんだろ」

 とりあえずひとつの仮説をぶつけてみる。
 高木は勢い込んで滔々と語り始めた。

「爆弾解体の方法を教わるには、解体している現場を見るか、爆弾事件に巻き込まれるか…とにかく実物を見ないことには何も始まりませんよね?確かに工藤くんは爆弾事件に関わったこともありますが、子供が傍にいたという目撃情報はありません。外国で、というのならまだ可能性はありますけれど、工藤くんは行方が分からなくなる前、殆ど日本にいましたし、もっと前にコナンくんと共に爆弾事件に巻き込まれていたとしても、一年以上前なら彼はまだ幼稚園児じゃないですか」

 どうやらコナンの言動に引っ掛かりを覚えた爆弾事件以降、随分いろいろと調べたらしい。

「今回、コナンくんは警察でも解けない暗号をあっさり解いてしまいました。しかも、爆死するかもしれない瀬戸際で、ヒントの途中で次の爆破場所が分かったからと、数秒で残りのコードを切断して爆発を止めてしまう冷静さすら持ち合わせています。元爆発物処理班の…爆弾のプロですらできなかったことなのに」

 そして、最後にきっぱりと言い切る。

「もう僕はコナンくんがただの小学生だとは思えません」
 だから、一番そばでコナンくんを見ている毛利さんが、どう思っているのか聞きたかったんです。

 あのガキがただの子供じゃない?そんなこと、ずいぶん前から気付いていた。

 何せコナンは俺の目の前で、燃え盛る吊橋を渡って見せたのだ。蘭の泊まっているロッジに殺人犯がいると知って。
 後から思い返してゾッとしたのは、蘭が危ないと焦って無茶苦茶な行動に出たあのガキには、燃えやすいセーターを脱ぎ捨てる冷静さが残っていたということだ。
 そんな子供がいて堪るか。

 重傷を負って病院へ運ばれた時は、友人たちを庇って拳銃で撃たれたのだというし、腕に包帯を巻いて帰ってきた時は、どうやらバスジャックに巻き込まれた挙句、爆発寸前の車内から少女を抱えて逃げた際、窓ガラスで切ってしまったらしいことを、その場に居合わせていた高木から後日聞いた。







 俺の方がずっと前からアイツを疑っていたんだと告げるのは簡単で、

「…なぁ高木」

 けれど本当のことを知りたい訳ではないし、むしろそっとしておくべきだと、今はそう考えているのだ。

「俺はアイツを、少し頭が切れるだけの、ただの生意気な小僧なんだと思うことにしてる」
「毛利さん…」

 わざと含みを持たせた言葉に、高木が僅かに目を瞠る。

「きっとアイツにはよっぽどの事情があるんだよ。だから無理に暴いてやるな。あの身体に見合わない無茶しようとした時だけは止めて叱ってやれ」

 高木は俺の頼みを噛み締めるように、暫し口をつぐんでいたが、

「そう、ですね」

 やがて、深刻な表情を消して、彼らしく眉を下げて笑った。

「そうします」

 毛利さんに話してスッキリしました、当たり前だ俺は名探偵なんだからな。

 そんなやり取りを交わした後、高木は晴れやかな顔で帰っていった。
 探偵事務所にはまた気怠い静寂が戻ってきた。

 今度こそ録画したドラマを、と思うが、何となくリモコンに手が伸びず、再びソファーへ腰を下ろして、昨日も余計な事件に首を突っ込んだらしく帰りの遅かった居候のことを考える。
 あの探偵ボウズに蘭はやれないなと思う。

 自分以外のことしか大切にできないあのガキは、これからも蘭を悲しませ続けるに違いない。
 むしろアイツに必要なのは、そんな無茶を咎め、叱りつつ、守ってやれる存在なのではないだろうか。
 未だ候補者のいないその役目を、とりあえずこの名探偵、毛利小五郎が引き受けてやってもいいけどな、と。短くなった煙草を灰皿に押し付け、欠伸しながらソファーに転がる。

 気付けば江戸川コナンと工藤新一を重ねて見ている己に気付いて苦笑した。確信を持っている訳でもないのに。

 意味のない思考を巡らせるばかりの、一人きりの退屈な午後が、もう暫くは続きそうだった。



だから早く現れてくれないか

END

つまり小五郎は快コ推奨派。
2012.5.29


 
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