「名探偵は5月だよな」
「…何が?」
「誕生日。5月4日だろ」
「…何で知ってんだよ」
「変装する人間の個人情報くらい調べるさ」
「そりゃそうか」
「あ、ちなみに俺は6月21日だから」

忘れんなよ?

この怪盗は。
探偵相手に軽々しく個人情報を明かしていいのか、とおおいに呆れて、けれど決して探ったりしないだろう己のことは、腹が立つくらいよく分かっていた。

別れ際にそんな会話を交わしてから、数ヶ月間。
何気ない会話の中に含まれた日付を記憶に刻み込んで頭を悩ませていたなんて、もうすぐ現れるはずの男は絶対に、知らない。



伝えたかったこと




「もう終わったのか…」

高層マンションの屋上で、こちらへ向かってくる白い翼を見つけ、独り言ちる。
腕時計を確認すると、犯行予告時刻から10分も経過していなかった。
まぁ、なるべく早く終わらせたいというアイツの心情は分からないでもない。
あと数分が経てば時計の針は、真上を指して並ぶのだから。



「今日の暗号はまた一段と凝ってたな」

俺が助言しなかったら、警察は予告日すら分かってなかったぞ。

目の前に降り立った怪盗に言う。

たまたま事件で顔を合わせた目暮警部が零していたのだ。予告状が難解すぎて全く解けず、中森警部の苛立ちが最高潮に達していると。
殺気立った空気に巻き込まれそうになっている目暮警部が気の毒に思えたから、警視庁に匿名で電話を掛けた。

「難しい予告状出せば名探偵が釣れるだろ?今日は、どうしても来てほしかったからさ」
「振り回される警察はいい迷惑だ」

どうしても、の理由は分かっていたが、敢えて聞き流した。
会うことが出来ればそれでいいのだと自己完結して。
俺が“それ”を覚えていることなんて、ちっとも期待していなそうだったから。



暗号満載の予告状から読み取れたことは、犯行場所、標的、日時は6月20日の23時50分、それから…
恐らく俺のランドセルに放り込んだ予告状にのみ付け加えたのであろう、この高層マンションの住所がまたもや暗号で。
マンション内に忍び込むのはビルやホテルに比べれば簡単だったし、立ち入り禁止のはずの屋上へ続く扉も難なく開いた。
そんなところまで細工済みという訳だ。ピッキングくらいはするつもりだったから、俺は正直拍子抜けした。



「今回は邪魔しなかったんだな。お陰で楽勝だったぜ」
「おっちゃんがいない限り口出しできねぇんだよ。現場の中すら入れないしな」

だいたい、そろそろ日付も変わろうかという時刻に、小学生がフラフラしていること自体間違っている。
俺との頭脳戦を望むなら、もう少し犯行時刻を早めてくれ、と思った。
もちろん、今日のキッドの目的がそんなものではないことは、重々承知しているが。



「どうせ目当ての宝石じゃないんだろ。それ、返せよ」
「あぁ、ちょっと待って」

怪盗は無防備にも背中を向けて、満月に近付き始めた月へと宝石を翳す。
とうに見慣れてしまったその背中を、つくづく絵になる男だと思いながら見ていた。

「そうすると何かが見えるのか?」
「いや、何も?」

視線の先、キッドが肩を竦める。

「何か見えればいいんだけどね」

独り言のように零して振り返る。

「いらねーから、返すよ」

放られた宝石を右手で受け止めた。

マジックのように華麗な手口で犯行を繰り返すコイツでも、果ての見えない戦いに、無力感に囚われることもあるのだろうか。

ポーカーフェイスに透けて見えるのは落胆で、それを目にしたら何だか堪らなくなった。



「これ、
代わりに持って帰れば?」
「へ…?」

背中に隠していた嵩張る物体を放って返す。
反射的に受け取ってしまったらしいキッドは目を丸くしていて、今更気恥ずかしくなってきた。
ちらりと腕時計を確認すると、一応日付は変わっているし。コイツの目的も果たせただろうからもういいよな…?

「じゃあなっ!」

ほうけ続けているキッドに、熱の上った顔で別れを告げて走り去る。


バタンッ

背中で体重を掛けて扉を閉めるその音が、夜の静寂の中、派手に響いた。





俺とおまえはたぶん似た者同士で。
お伽話みたいな結末が何処かにあるのだと、馬鹿みたいに信じ続けてる。
終結は遠いまま、また無為に一年が過ぎて歳をとった。
こんな日にも変わらず戦い続けるおまえに。

おまえも、負けるなよ

おめでとうよりも、そう伝えたいと思った。


放り投げたのはグラジオラスの花束。
花言葉は、勝利だという。



END

相互片想いというか、お互いの気持ちは分かっているのに一歩を踏み出せないヘタレな二人。
2010.6.21


 
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