拷問のように快楽を与え、気を失うまで抱き続けた。
失敗しただろうか、俺は。間違えただろうか。
ぐったりと眠り続ける子供を見れば、後悔しそうにもなるけれど。
かと言ってこの胸の内にある憤りは、全く薄れていかないのだ。
「おまえ、強情すぎ」
手に負えぬ何にも屈しない恋人が、憎たらしくすら思えてくる。
普通の事件に巻き込まれたくらいなら、問い詰めれば彼はちゃんと吐く。黙っていたって簡単に調べがついてしまう。それを、知っているから。
――どうしよっかな。
正直、ここまでだんまりを貫き通す彼を見たのは初めてだった。
さすがにこれ以上は何もできない。
――間違いなくただごとじゃないんだよな。
俺に言えない、絶対言わない。
おまえが抱え込んだ秘密は何だ?
ここで諦めるくらいなら、最初からこんなことをしたりしない。
「ホントは、コナンちゃんの口から聞きたかったんだけどね」
仕方ない。とことん調べさせてもらおうじゃないか。
濡れた体を拭き清めて、怪盗を甘く見るなよと言った。
眠る子供を置いて街へ出た。
二時間程放っておけば勝手に帰るだろう。
ようするに、俺は散々なことをしたにも関わらず、まだまだしつこく怒っていた。
捜査の基本は聞き込みだ。
無駄だろうと思いつつも、まずは警察に尋ねてみた。
「コナンくん?いや、最近は会っていないし、事件に巻き込まれたという話も聞かないなぁ」
次に帝丹高校へ出向き、部活帰りの毛利蘭を捕まえる。
「最近、何かいつもと違うこととかなかった?」
と聞く。
彼女は記憶を辿るように首を傾げて、そういえば、と切り出した。
「五日くらい前だったかしら、朝から具合が悪そうで、休みなさいって言ったんだけど聞かなくて…結局、早退して帰ってきたのよ、コナンくん」
彼女から得られた情報はそれだけだった。
調べればすぐに分かるだろう、と思っていた俺は甘かったのかもしれない。そもそも簡単にバレることなら頑なに口をつぐむ必要はない。無意味だ。
――事件絡みだと、思うんだけどなぁ…
相当のことがあったはずだった。
声と表情、僅かなぎこちない態度。去年はすっかり忘れていたのに、自分の誕生日前にしっかり連絡をしてきたこと。怪しまれないための工作が、心へ引っ掛かって逆に怪しい。
コナンと親しい刑事たち、阿笠博士、灰原哀…思いつく限りの人物に聞いて回り、ここ数日のニュースもひとつ残らず確認した。行き止まりだった。
夜になり一人きりの部屋の中で、いつもなら電話をかけるために開く携帯電話もベッドの上へ放ったままで、考える。今や焦りが憤りを上回っていた。冷静でいないといけないのに。
考える。ひたすら考える。行き場のない指先が無意識のまま、彼に電話をかけないように。
他に、何か知っていそうな相手といえば。
翌日。
「すみません」
黒羽ですが、と続けてその背中が振り向くのを待っている。
ゴールデンウィークは昨日で終わった。つまり今日は自主休校だ。まぁ、一日や二日さぼったところで今更たいした問題にはならない。
「なんだ?依頼か?」
「いえ、そういう訳では…」
明らかに学生が訪ねていい時間ではなかったが、小五郎は特に何も突っ込まなかった。
今忙しいんだと、テレビのリモコンを片手に嫌そうな顔で迎えてみせる。
画面で笑うのは当然沖野ヨーコだ。結局は暇なのだろうと解釈する。
「依頼じゃねぇなら帰ってくれ」
警察関係者も毛利蘭も駄目で、たいして当てにせずここまでやって来たのだが。
さて、どうやって話を切り出したものか。
「依頼じゃないんですが、その…コナンのことで」
「コナン?」
僅かに表情が変わったことを、この両目は決して見逃さなかった。
もしかしたらと思い、言葉を重ねる。
「五、六日前に何か、ありませんでしたか?」
酷く曖昧な質問になってしまう。
「五、六日前なぁ…」
しかし彼には心当たりがあるようだ。
思い出せないのではなく、言っていいものか迷っている。
そんな顔をしているように見える。
「……おまえ、アイツと仲いいんだよな?」
暫し沈黙した後、ぽつりと聞かれる。
「遠い親戚っつってたか」
問い掛けというよりは確認だろう。
「はい、そうです」
そういうことになっていた気がする。
「なら一応話しとくか」
おまえもあのガキの保護者みたいなもんだからな。
独り言のように小五郎が言った。
やはり彼は知っているのだ。コナンの身に何があったのかを。
「教えてください。お願いします」
必死で頭を下げる。彼は暫く口を開かなかった。
無言で煙草に火をつける。吐き出されて漂う煙が苦い。
待つ間に覚悟を決めなければ。
…覚悟?いったいどんな覚悟を?
「……高木から聞いたんだが」
煙草が短くなった頃に、ようやく、酷く嫌そうな声でそう言った。
「最近、子供を狙った変質者って奴が出てただろ。知ってるか?」
黙ってかぶりを振る。知らなかった。
小さな記事にはなっていたかもしれない。見なかったふりをしたのかもしれない。
だって、俺は。
この時点で既に話の展開が読めてしまった。
「子供が好きな変態野郎で、五日前に捕まったんだ」
『毛利さんには伝えておいた方がいいと思いまして』
いつになく真剣な顔をした刑事にそう、言われたのだと言う。
容姿の整った子供を狙い、性的な悪戯、もしくは行為そのものをする。
ぼかした言葉で彼が語る。俺も同じじゃないかと思う。
視界が暗く染まる。眩暈に襲われる。
何も見たくない、聞きたくないからだ、きっと。
けれど現実は容赦しない。
「聞いたところによると最後の被害者は…アイツらしい」
この耳に真実を突き付ける。
「…どうして、そんなこと……」
分かったんですか?
何とか声を絞り出して、聞く。
「あのガキ、時々新聞に載るだろ?犯人も顔を知ってたんだよ。そんで取り調べのとき自慢げに話してたんだと」
胸糞悪い。
顰めた顔でそう、吐き捨てた。
「もちろん、一部の人間しか知らないことだ」
どうやってその場所から去ったのかまるで思い出せない。
突き付けられた真実は俺を打ちのめすのに十分すぎるものだった。
そういうことだとは思っていなかった。同じことをしてしまっただなんて、俺は考えもしなかった。
――どうして隠してたんだよ?
そんなこと無神経に聞けるはずない。今なら痛いほど理由が分かる。
ごめん
画面に打ち込んでそれ以上進まない。思い浮かぶのは言い訳や自己弁護ばかり。許してくれだとか嫌いにならないでくれだとか。そもそも許してもらいたいから謝るのだけれど。
結局二時間も後に三文字だけのメールを送った。
何も知らず散々傷つけてしまった自分には、返事がくるまで顔を見る資格もないような気がしていた。
メールの返事が返ってきたのは、何と一ヶ月以上経ったある日の深夜だった。その間一度も顔を合わせなかったのだから、お互い、相当念を入れて避けていたに違いない。
涙が出そうなくらいホッとした反面、また夜更かししてるな小学生と、条件反射で苦笑いが浮かぶ。その表情のまま携帯を開き、逸る心で文面に目を通した後。
顔見て言いやがれこのバ快斗
改めて現在時刻を確かめた。深夜零時ちょうどだった。
スクロールを続けて、現れる一文。
会いに来たら、祝ってやるよ
日付も確かめる。並ぶ数字に本気で泣きそうになる。
普段からつれない恋人は時々、思いも寄らない優しさをくれる。
今が真夜中であることなど気にしていられなかった。電車がないのなら文字通り飛んでいけばいいのだと、ハンググライダーを背に飛び降りた。
快斗として会いに来たのだから、彼と毛利小五郎の眠る部屋へ無断侵入するのはちょっとなぁ、と思っていたら、好都合すぎることにコナンは屋上にいた。
俺が降り立てば呆気にとられ、バカだとか何考えてんだだとか、今にも暴言を吐きそうな表情を浮かべる。しかし、何故か全て飲み込んだ。
「コナンちゃん、会いに来たよ」
ごめん、と続けようとして口を開く。だが、コナンの声の方が早かった。遮る勢いで言われる。
「おめでとう」
不本意そうな声だった。その後、来るのが早過ぎるんだとぼやく。
「プレゼント、になるかわかんねぇけど」
動く唇をじっと見た。いい加減傷は消えている。
確かめられて、ホッとした。
「こないだのことは許してやる」
そう言った彼は目を瞠る俺の方に、恐る恐るといった様子で顔を近付け、
「…!?」
唇が触れた。驚いたなんてものじゃない。
コナンは顔を赤らめてそっぽを向いている。
またもや泣きそうになりながら十分すぎるよと言った。
「ごめん」
「あぁ」
「酷いことしてごめん」
「あぁ」
「あんなこと、もう二度としないから」
「あぁ」
謝罪を重ねるたび頷いてくれるから言葉が止まらなくなって、馬鹿のひとつ覚えみたいに繰り返した。
最後にやっと言う。
「ありがとう」
抱きしめて、というより縋りついて「今度は俺が守るから」と。
コナンは懐かしく思える素っ気なさで「今度なんてねぇよ」と答えてみせた。
END
2011.7.21
お題配布元/Cubus
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