『名探偵…』
目を閉じると声が、聞こえるんだ。
「もう貴方と会うことはないでしょう」
「どうしてだ?」
いつまでも繰り返されると信じて疑わなかった日常が、ある日突然、おしまいになった。
「怪盗キッドは廃業です」
コンクリートの上に散らばるのは、バラバラになった宝石の破片。
「でも…」
本当に会えなくなるというのか?
快斗とも?
言葉にならない問いの答えとして、キッドは寂しげに笑ってみせた。それから。
閃光弾。
目の前が、真っ白になって真っ暗になった。
お別れも言ってない。今度の約束も。
ハンググライダーの影すら見送っていない。
恐らく“フクシュウ”に行ったのだ。
探し物の残骸すら一欠片も残さず。
「私のことは、忘れてください」
残酷すぎる言葉と、俺を置き去りにして。
それは、不吉で毒々しい程に明るく光る、満月の夜のことだった。
おまえを見失った。それだけで全てがどうでもよくなった。
最低だろ?
俺を待ってる奴だって、たぶん何処かにいるはずなのに。
何処かに。
いるのかもしれない。もう、いないのかもしれない。
とりあえず蘭は待っていない。今の恋人と随分上手くいっているようだから、大学を卒業したらそのうち結婚するだろう。
あまり家に居着かなくなった娘を想って、小五郎は少し寂しげだ。
何の繋がりもない、元は大事な娘を誑かした探偵坊主。そんな相手と半ば二人暮らし。
「お前を預かってからもう四年か。ったく、親は何処で何してんだか」
この間も、実在しない両親の放任ぶりを嘆いていた。
何だかんだ文句も言われつつ、十分大事にされていると、思う。
今、江戸川コナンがいなくなったら、小五郎はもっと寂しがる。少年探偵団の面々も。
すっかり通い慣れた二度目の小学校。少しだけ傷んだランドセル。見下ろされて見上げる大人たちの姿。
何の違和感もない日々は歪まずに続いて。
それで、工藤新一を待っているのは一体誰なんだ…?
早く戻ってこないと忘れてしまうよ?
満月を見ると心が痛い。
その痛みの理由まで忘れてしまうよ?
外は真っ暗、あいつは真っ白。
閃光弾が記憶まで染める。
真夜中に月を見上げ続ける。
何日?もう、何年?
誰かを待ってる。でも誰だっけ?
窓から覗くのは月ばかり。
END
BGMは中島みゆき「砂の船」で。
2010.5.8
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