Cacophony

「新一っ!」

バタンッ

駆けてきた勢いのまま大きな音を立てて扉を開け、俺は室内へ飛び込んだ。

「どうしたの、何があったの?!ていうか何でそこまで思い詰める前に、俺に相談してくれなかったんだよっ?!」
「…はぁ?」

夕陽の差し込む部屋の中で、椅子に腰掛けた新一が振り返る。
全く訳が分からないというような表情を浮かべて。

どうやら、自殺願望でも湧いたんじゃないかという危惧は、俺のとんだ思い違いだったらしい。

「何の話だ?」
「その曲だよ曲!」

怪訝そうな問い掛けに即答する。

仕事の下見から帰ってきたら、何処からともなく陰鬱なメロディーが聞こえてきて、ゾクッと背筋が寒くなった。
かけているのは新一以外に有り得ない。普段音楽なんて全く聞かないくせに。

「捜査協力に出掛けたっきり丸二日帰ってこなかった挙句、深刻な顔してそんな曲ひたすら聞いてたら心配になって当然だろ?!」

動転してしまうのも無理はないと思う。
よりにもよって『暗い日曜日』がエンドレスで再生されていたのだから。


「あぁ。これは事件絡みなんだ」

新一は、あっさりと理由を明かしてくれた。

「事件?」
「詳しいことは話せないが、ある殺害現場にこの曲が流れてたんだ。同一犯によるものだと思われる同じような事件が、もう三件起きてる。きっとこれが犯人からのメッセージなんだろうと思ってさ」
「だからって、こんな埃だらけの暗い部屋で聞かなくてもいいだろ。紛らわしい」
毒されるぞ。

「CD聞ける機械がここにしかないんだよ」
「それにしてもさぁ…」
俺が既に毒されそう。

「電気くらい点けようよ」

そう言ってスイッチに触れてみたけれど、何も起こらない。

「…電球切れてる」
「ずっと入ってないからな」

飄々とした答えが返ってきて、明日にでも家中の電球をチェックしようと固く決意した。


「で、何か収穫はあった?」

気を取り直して聞いてみる。

「いや…疲れてきた」
一時間以上は聞いてるんだが。

「止めるぞ」
新一だって既に毒されてるじゃないか…!

返事を待たずに電源を落とした。


「……」


ずっと聞いていれば気が滅入るのは当然だが、唐突に訪れた静寂すらも不愉快に感じる。ここは気長にフェードアウトするべきだったかもしれない。


「…カコフォニーって、言うんだろ?こういう曲」
自殺教唆になるとか、そんな話があったよな。

「本当は音楽用語なんだけどね」

答えながら新一の隣へ座り込んだ。

カコフォニーとは。
本来、オカルト要素は一切含まない、ただの不快な音のこと。
まぁ、不快な音を聞き続ければ暗い気持ちになる訳だから、都市伝説やらホラーやらのネタに使われるのも間違ってはいないはずだ。

「不快な音と言っても個人差があるよな」
「これ聞いた全員が死ぬとかだったら、下手なホラーだしね」

俺だって、この曲を聞いているのが新一でさえなければ、動揺なんかしなかった。

「とりあえず次は真っ昼間に聞きなよ」
曲の雰囲気に飲まれてちゃ意味ないでしょ?

言い聞かせるように告げると、新一の表情が暗く沈んだ。
たぶん俺にしか分からないくらいの、小さな変化だったのだけれど。

「…俺にとってのカコフォニーは、たった一曲だけだよ」

あれを聞くと、今でも飛び込みたくなるんだ。
激しく燃える炎の中へ。


あぁ。
この目は本気だ、と思う。
またもや背筋が寒くなる。

ベートーヴェンに全く罪はないが、新一に『月光』を絶対聞かせてはいけない、ということを、俺は改めて思い知らされた。



END

※暗い日曜日→自殺の聖歌として有名。死を誘う曲、とも。


成実先生の話…?
カコフォニーは、どっから仕入れた知識なのか忘れたから真偽のほどは確かでない。
2010.6.19


 
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