屋上の柵というものは、転落防止の為にある訳で。
転落どころか空すら飛んでしまう俺にとっては、たいして必要性の感じられない代物だった。
意識したこともあんまりなくて、せいぜい乗り越えるのが面倒だな、と思うくらいだ。
だがしかし。

今は柵の必要性をひしひしと感じている。もうちょっと高くしてくれればいいのにと、文句をつけたくなったけれど。
例え鳥籠のように張り巡らされた高い高い柵でも、名探偵なら軽々乗り越えてしまうだろう。そこに事件が絡むのならば。

…やっぱり柵など意味がないか。
結局、結論はそういうこと。



翼もないのに




きつくコナンを抱きしめてへたり込み、荒い息をつく。

「っお、ま…なに、考えて…っ」

動転したあまり、まともに声も出ない。
真夏にこの密着具合はどうなのだ、と考えてみる余裕もない。

そんな俺の問いに対して、返ってきたのは突拍子もない答えだった。

「空を飛んでみたいと思ったんだ」

「…空を?飛びたいの?」
「あぁ」

まずは聞き間違いを疑ってみたが。
巻き付いた腕を自力で引き剥がしたコナンに、あっさりと頷かれて弱り切った。
ここは、あくまで冷静に。
己に言い聞かせてこっそり深呼吸でもしてみる。

一体なにゆえこんな事態に。
コナンをこの両腕で捕まえるまでに至る経緯を思い返してみたところで、何の答えも出ないから尚更困る。



名探偵の姿なき妨害を何とか躱しきり、無事犯行を終えたのは数分前のことだった。
そして待ち構えているだろう名探偵に会うために隣のビルへ降り立った途端。
三十階は軽く越えているだろう屋上から今まさに飛び降りようとしている子供を発見するという、心臓に悪いことこの上ないイベントに遭遇してしまった、という訳だ。
しかも俺の寿命を軽く二、三年は縮めておいて、名探偵の言い分は空を飛びたかったからだ、ときた。
もう、突っ込みどころがありすぎて何処から突っ込んでいいのか分からない。



「何でいきなり、そんなメルヘンな思考回路になっちゃった訳?」
「悪いか?」

とりあえずは事情聴取をせねばなるまい。
そう考えて尋ねてみれば、開き直ったような声が返ってきて冗談じゃないと思う。

「当たり前!考えるだけならいいけど、コナンは躊躇いもなく実行に移すから絶対ダメ!」
「躊躇いくらい、あったぞ」
「で、あっさり躊躇いを捨てたその理由は?」
「おまえが遅すぎるからだ」
「…それって、こっそり指示出して逃走経路潰しまくってくれた名探偵のせいなんだけど」

コナンとの会話が、いつもとは違う意味で非常に疲れる。

「どんな理由ならオメーは納得するんだ?」

がっくりうなだれていると、逆にコナンから聞かれてしまった。

「…どんな理由だろうと納得できなそうだけど、とりあえず聞くよ」
「歩いて帰るのが面倒だと思ったから」
空飛べば早そうだし気分よさそうだし。

「いやいやいやいや」

どうすりゃいいんだろ。今日の名探偵激しくおかしい。
いっそ死ぬつもりだったと言われた方が、単純明快ですっきりする。
それはまた違う意味で大問題だが。
そしてどっちにしろ零れていく深い溜め息。

「…めーたんてーは、そんな理由で飛び降り自殺しちゃうんだ…?」
「自殺じゃねーよ。不謹慎なこと言うな」
「俺が来るのがあと一秒でも遅かったら確実に死んでたよ?」
「空飛べてたかもしれないだろ」

平然と言われて呆気に取られた。

「…ねぇ、ホントに何があったの…?」

突拍子のないことを度々やってのける彼だけど、今日のコナンはさすがにおかしすぎる。

心底困惑しながら見つめた先、

え…?

小さな身体がぐらりと傾いた。

「…!?」

とっさに抱き留めれば、じわりと体温が伝わる熱い身体。
そういえば…と思う。
動転しすぎて気にも留めてなかったけれど。さっきもお子様体温どころじゃなく体が熱かったような…

「おまえ…」

慌てて額に手を当てれば、そこは案の定の熱さだった。

「絶っ対熱あるって!!」

そりゃあ歩いて帰るのが面倒臭くなる訳だ。
つまり、いつも以上の突拍子のなさは全部熱のせい…?

「…気付かなかった」
何か妙にだりぃとは思ってたんだが。

ぼんやりした声でコナンが言う。

「おまえ、バカだろ」
「…オメーにだけは言われたくない」

俺が改めて抱き上げてみても、コナンは文句ひとつ言わなかった。腕の中でただ、ぐったりとしている。

「全く。風邪気味なら現場に来るんじゃねぇ」

これは余程辛いんじゃなかろうか。



「…もしかして名探偵、俺の寿命を縮めんのが趣味だったりするの?」

コナンのために常備している、子供用熱さまシートを額へ貼り付けながら聞く。

「元々短そうなのに縮めてどうするよ」

今度はこれもまたコナンのために常備している解熱剤を、ペットボトルの飲料水で流し込んで。

「俺が早死にしたら絶対おまえのせいだ」
「変な責任転嫁すんな」

さすがに毛布の類いは常備していなかったから、予備のマントで包み込んだ後、

「とにかくひとっ飛びで送ってやるから、おまえはもうおとなしく寝てろ」

完全に上から目線で命令した。

「そういやおまえ、キッドだったな」

俺の言動に文句をつけるでもなく、気の抜けるようなことをコナンが言う。

「…今まで誰だと思ってたんデスカ?」

呆れ顔して尋ねながら、顔や声も判別つかないくらい意識が朦朧としているならやばいなと思った。

「バカイトだと思ってた」
言動に紳士さのカケラもないから。

「あのなぁ…」

それって、おおいに寿命を縮めてくれた名探偵のせいなんだけど。
こんな時にも憎まれ口を叩くのは忘れないところがコナンらしい。

しかしその後、いつもは弱音なんて絶対に吐かない名探偵が、

「寒い…」

一言だけ零して、俺の胸の中へと顔を埋めてきたから慌ててしまう。
この熱帯夜に寒いだなんて重症だ。

コナンを一刻も早くベッドの中へと送り届けるために、俺は躊躇なく屋上からダイブした。
今度は勿論、空を飛びたくなったコドモと二人で。



あれ、でも…
いったい何処へ送り届けるべき?

翼を広げてから、はたと思った。

いつもの如くこっそり抜け出してきたのなら、毛利さんのとこはまずいだろうし。

唯一その答えを知っている名探偵は、既に眠りの中だった。



END

やっぱり移動。
2010.7.22


 
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