「…快斗」
唐突に、名前を呼ばれて驚いた。
振り返ればコナンは、後悔がヒシヒシと伝わってくるような顔をしている。
やっぱり呼ぶんじゃなかったと。そんな声が聞こえてくるような。
今、過剰反応したら、彼は確実に機嫌を損ねる。
「…なに?」
だから内心の歓喜は表に出さないように、平常心を装って用件を尋ねた。まさかコナンが、呼んだだけ、なんて答える訳はないだろうし。
「………」
コナンは、目を逸らしたまま黙り込んでしまった。
そんなに話しづらい用件なのだろうか。
「……」
俺が何か言える雰囲気でもなく。
続く沈黙に段々不安が募ってくる。
「…あ、」
「あのな、」
我慢できずに声を発した途端、コナンと被って慌てて口をつぐむ。
幸いコナンは気付かなかったらしい。
「俺は、」
止めることなく言葉を続ける。
「俺はお前のこと、好きだからな」
それから、ものすごく唐突にそんなことを言った。
「……え?」
一応コナンとは恋人同士って奴だし、当然両想いであることは分かっている。けれど。
日常でまさか言われるはずないだろうことを言われて、不意打ちすぎて、すっかり固まる。
嬉しい、というよりは困惑が勝る。
そんな告白じみたというかそれそのものの発言をした当人が照れているのならまだいいけれど。
顔は冷静、口調は淡々。
この告白、俺いったいどう受け止めればいいの…?
口をはくはくしながら絶句している俺を見て、コナンが不本意そうな顔で溜め息をついた。
「本当はこんなこと言いたくなかったんだが…殺されてからじゃ遅いからな」
「…殺、される?」
そして何故に告白の後、そんな物騒な単語が出てくるのだ。コナンの思考回路は、俺でも時々理解できない。
「…まさか、また誰かに命狙われてるとか?」
それで殺される前に想いを伝えておこうと…
ありえないとは思うが、とりあえず一番当たって欲しくない予想から告げてみる。
「バーロ。そうじゃなくて、お前にだよ」
「俺に…?」
予想が否定されたのは当然だが。
俺に殺されるかもしれないって、どんな状況だよ?無理心中とかか?
そんなことやらかしそうだって思われてんの?
「…なんだよそれ」
明らかに低くなってしまった声で聞き返した。
困惑を通り越して不愉快だ。
甘い雰囲気なんて、一瞬たりとも漂わない。
どうしてこうなってしまうんだろう。
好きだと言われたあの時に、ただ、俺も大好きだよと囁いて。
キスで口を塞いでしまえばよかった。
「いや、お前から殺意を感じたとか、そういう訳じゃないんだ」
少し慌てたようにコナンが弁解する。
当たり前だこの野郎、と思う。
「…言葉にしないと伝わらないんだってことを、見せつけられたというか…」
「…もしかして事件絡み、だったりするの?」
いきなりおかしな発言し始めたのは。
そういえば昨日も眠りの小五郎が殺人事件を解決したと、聞いたような気がする。
コナンが軽く頷いた。
「殺人事件なんてしょっちゅう遭遇するし、動機だって死ぬほど聞いてきたが」
そんな、心底外見に似合わない台詞を吐く。
「もう勘弁してくれって思うほどの擦れ違い様だったんだよ」
正当防衛に見せかけて、女が恋人を刺したのだと言う。
「愛されなくなったなら殺してしまえって。それで、取り返しがつかなくなってから、相手の想いに気付いたりするんだ」
恋人は当然即死。
誤解されるような言動を取りまくっていたらしいから、自業自得だと言えるかもしれない。
「殺された側にも随分非がある気がしてな」
だから、俺はちゃんと言っておこうと思ったんだ。
「なるほど…」
納得できたような、できないような。
「でも俺絶対にそんなことしないけど」
誓ってもいいよ?
「俺も…言ってみてからそう思った」
言うんじゃなかったと、また溜め息をつく。
まぁ、それほど痛かったんだろうな、と思った。
目の当たりにした擦れ違いが。
でもそのお陰でコナンが、滅多に見えない好意を晒してくれたのだから。それは素直に嬉しいし。
そして、少し欲張りになってしまったこの心が、一度では物足りないと訴える。
「あーでも時々は言ってもらえないとなぁ。俺も何すっか分からないかも」
冗談半分で言ってみた言葉に。
「調子に乗るな馬鹿」
もう二度と言わねぇ。
どうやら今更羞恥が込み上げてきたらしい。
今度こそちゃんと顔を赤らめたコナンは、乱暴に吐き捨ててそっぽを向いた。
END
2010.7.27
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