隣を歩いている快斗が、さっきから欠伸を噛み殺した間抜け面ばかり晒している。
「近々またコソ泥の予告でも出すのか?」
快斗はいつも、俺に合わせて歩調を緩める。気付く度に毎回懲りもせずムッとする。
しかし、今日に限ってそんなことを尋ねてみたのは、その歩みがもはや小学生よりも遅かったからだ。
「だから俺は怪盗だってば」
空が暮れ出すにはまだ早い。
建物の影を渡りながら並んで歩く。
「そういうのとは全く関係なくてさ」
快斗は、ちょっと考えるように言葉を切った。
それとも、欠伸を堪えているだけかもしれない。
「…例えばさ、枕が変わるとなかなか眠れないってこと、あるじゃん?」
「そうか?」
急にそんな同意を求められても、よく分からない。
「あぁ、コナンは何処でも寝れるタイプか」
「悪かったな」
自慢じゃないが、必要に迫られれば床でも外でも寝れると思う。
「いや、俺もそこまで繊細な人間じゃないし」
一応一般的な話として。
とりあえず枕の話は、寝不足の原因の前置きらしい。
「それと同じようなことだと思うんだよね」
快斗の顔を見上げていたら、非常にくだらない理由が飛び出してきそうな嫌な予感がした。
「…何が?」
正直なところ原因なんてどうでもよくなっていたが、話題を振った以上は最後まで聞く義務があるだろう。
仕方なく、気のない声で聞き返した。
「一度でもすごく抱き心地のいい抱き枕使っちゃうと、もうそれなしじゃ眠れなくなるんだ。
クッションとか、いろいろ試してはみたんだけど全然ダメで」
だから寝不足〜、と欠伸をひとつ。
「あの時はホントよく眠れたからなぁ」
そして、少しだけ恨みがましげな目をして俺を見る。
「俺の寝不足解消するために、早くまた泊まりに来てよ」
「何でオメーのためになんか…」
反射で拒否した瞬間に気付いた。
抱き枕扱いされてるのって、もしかしなくとも俺だよな?
あの時というのは、快斗の家に泊まった数日前のことで。
普段なら快斗の腕の中におとなしく収まって眠ったりしない。けれど室内の冷房が効き過ぎていて逆に肌寒かったから、引っ付いてくる快斗を拒絶できなかった。
確かに、俺自身も何故だかぐっすり眠れたことは認めるけれど。
「俺はクッションと同列か?」
モノ扱いしてんじゃねぇよ、バカイト。
「違うよ」
冷たく返せば、快斗は焦るでもなく笑って言った。
「唯一無二だから大切ってこと」
その解釈は都合よすぎだろ。
憎まれ口を叩く代わりに、口ばかり上手い男を置いていこうと足を早めた。
さらりとした嘘臭い台詞はともかくとして、オプションの笑顔はやめてほしい。
いちいち動揺する自分に嫌気が差すから。
END
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