米花駅前へ駆け込んで、湿ってしまった前髪を指先で払う。
珍しくもコナンから電話がかかってきたのは数分前。
その内容といえば、通話状態にするやいなや「今すぐ米花駅改札前に来い」の一言で終了ときた。
行くとも行かないとも答える前に、だ。
虚しい音を響かせるケータイを耳に当てたまま数秒間呆けた後、何かあったに違いないと我に返って駆け出した。
駅とはそう遠くないコンビニ内にいたことが幸いし、降り続ける雨も何のその。何がなんだかは分からないまま、とりあえずそう時間もかからず目的地へ到着できたのだが。
目当ての人物はすぐに見つかった。まだ随分離れてはいるものの、視力2.0の両目が、はっきりコナンの姿を捉えた。
「…え……?」
そして、捉えた時点で固まってしまった。
困り顔で雨空を見上げる大人たちに混ざって、子供らしくない顔で佇む彼の目から、瞬間、ぽたりと滴が零れ落ちて。
濡れた頬を冷たい外気へと晒し、立ち尽くしている。
もしかして。
あのコナンが…泣いている?
これは固まっている場合じゃない。一大事だ。
「…コナンっ!?」
思わず大声を上げた後、どうしたんだよと言いながら駆け寄った。
「…うるせぇ」
対して返ってきたコナンの答えは、その一言と。
「っ…ひー、くしゅんっ!」
盛大なくしゃみに鼻水のオプション付き。
「……あーあー、お前ずぶ濡れじゃねーか」
慌ててティッシュを差し出しながら大いに脱力した。
一見泣いているように見えるけれどそれはたぶん、雨水が目の中にまで入ったせいだ。
「なんでそんなに濡れてんの?」
「これで、バイク追っ掛けたから」
これ、と言いながら指し示されたのは、驚異的なスピードを誇る例のスケボーだった。
ソーラーパワーを利用したエコな発明品だと聞き及んでいたが、雨の日にまで使えるとは。本気で阿笠博士を尊敬する。
「修理に預けてて、引き取ってきた帰り、ひったくりに遭遇してな」
結局、盗られた女性のバックは取り戻したが、犯人は逃がしてしまったと悔しそうに話す。
「雨ん中でスピード出すと、目開けてられなくなるんだよな」
余計に濡れるし。
飄々と言ってのけながら、今度は俺が差し出したタオルで顔を拭う。
「…それ、危ないじゃん……」
元々雨で滑りやすい上に、前すら見えていないなんて。
「転ばなかった?」
心配するよりも呆れてしまった。
「…誰が転ぶか」
返ってきたのは冷たい声だ。
それにしては妙に右膝の辺りが汚れているような、という指摘はしない方がいいんだろう。
「ところでお前、傘持ってねぇのかよ」
俺の視線に気付いたのか、コナンはあからさまに話を逸らした。
「だって、いますぐ来いって言うから」
何事かと思って飛んできちゃったんだもん。
不機嫌そうな目でじとっと睨まれ、慌てて言い訳する。
どうやら先程の電話内容を意訳すると、今すぐ傘を持ってこい、ということだったらしい。わかるか。
「…お前を呼んだのが間違いだった」
「そう言わずにっ
ティッシュとタオルはちゃんと役に立っただろ」
それから。
傘ならあそこにあるよ、と改札前の売店を指差した。
「…わざわざ買うのか?」
「もう濡れたくないでしょ。だから一本買っていく」
「なるほど。オメーは濡れて帰ると」
「…なんでそーなる?」
冷めた顔で薄情なことを言いながらも、結局は俺がさした傘の下、仲良く帰ることは決まっているから。
憎まれ口は全て無視。
片足を引きずりながら歩くコナンを、有無を言わせず抱き上げた。
END
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