いくら自他ともに認める推理バカであるとはいっても、血生臭い殺人事件が立て続けに二件、現在時刻二十三時とくれば流石に疲れる。
「この後本庁に戻らなくてはいけなくてねぇ」
「いえ、僕のことは気にしないでください」
送っていけないことを詫びる警部にひたすら恐縮しつつ、事件現場となった建物を出て、ぐったり溜め息をついた途端。
「しーんーいーちっ!」
更に疲労を誘う声が聞こえてきて、うんざり顔で振り返った。
「…なんでいるんだ」
空耳であることを望んでいたのだが、そんなはずはなく。
そこでニコニコと笑っているのは確かに黒羽快斗だ。
「たまたま通り掛かったから」
「オメーのたまたまって言葉ほど、信用できねーもんはねぇな」
その言い訳で快斗が何回俺の前に現れたか、ここで事細かく言ってやりたくなった。
「今日はホントにたまたまだってば。ほら、方向同じだし一緒に帰ろ」
夜の独り歩きは危ないよ。新一はいろいろ恨まれてるんだから。
そんなことを言いながら隣へ並ぶ快斗に、俺はどんな悪人だとか、突っ掛かることすら面倒臭い。
溜め息ひとつで全てを流した。
だいたい快斗の家は真逆だ。それくらいちゃんと知っている。快斗も、俺が知っていることを知っている。
だったら何故、見透かされきった嘘までついて、隣を歩こうとしているのか。
それも謎でもなんでもない。
『だって新一が好きなんだ』
思い返すこと数週間前、快斗があっけらかんと告げたから。
「おまえ、俺のいったいどこがいいんだよ?女ならより取り見取りだろ」
全部とか、適当なこと言うのはなしな、と先に釘を刺しておく。
「ホントに全部なんだけどなぁ」
快斗は、不満げに口を尖らせた後、考えを巡らせるように間をおいた。
「……推理バカなところとか、俺のこと必死で追い掛けてくるところとか、悔しそうに睨みつけてくるあの目とか…」
「……」
聞いているこちらが恥ずかしくなるくらい、楽しげに並べ立ててみせる。
「クールに見えるのにすぐ熱くなったり、子供みたいに無鉄砲だったり、無邪気に笑う顔が可愛かったり…」
「…男相手に可愛いとか言うな」
本心から言っていると分かるから、文句をつける以外にとるべき反応が分からない。
「それから、優しいところが好きだよ。
ホントは俺のこと気持ち悪いくせに、最後のところで突き放し切れない。憎たらしいけど、やっぱり好き」
「……」
「ほら、そこで黙るからさ。そんなんだから俺に付け込まれるんだ」
一瞬だけ触れて離れた唇を、気持ち悪いと思うことはやっぱりなくて、とっくに答えは見えているのに。
今日もまた気付かない振りをした。
END
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