「…遅い」
終電帰宅の同居人へ、おかえりの代わりに冷たい一言を投げた。
「ごめんって」
「……」
しかもシャツに口紅の痕なんかつけてやがるし。
「これは満員電車でついたんだよ」
俺の視線の先に気付いたのか、快斗は慌てて言い訳を始める。
「隣に立ってた人がよろけてさ、香水きつくて最悪だった!あ、シャツについちゃったのは暑くて上着を脱いでたからで…」
「別にそんなこと聞いてない」
そんなことで腹を立てたりもしない。
服についた口紅の痕。ムッとするほどの香水の香り。それを浮気の証拠と勘繰るなんてバカバカしいにもほどがある。
面白くないと思うのは、電車内で自分にぶつかってきた女性に対する快斗の態度だ。きっと自他共に認めるフェミニストとして、それなりの対応をしたのだろう。
笑いかけて、優しい言葉をかけて、相手の女性はぽーっとなって見惚れて。安易に想像できてしまうから、それが非常に気に食わない。
…もちろん、顔に出すような愚は犯さないが。
「あのさぁ…新一は動揺測定って知ってる?」
「…はぁ?動揺測定っつったら…線路の状態を確認するために車両の乗り心地を測定することだろ?それとも歯のぐらつきを調べるとかそういう…」
意味は分かるが話の繋がりが全く分からない。
「いや、本来の意味はどうでもいいんだけど」
どうでもいいとはなんだ、と思う。
快斗の言動は時々謎だ。
「こう、言葉から受けるイメージでさ。俺は今、新一の動揺具合を測定したい」
「…んなこと誰がさせるかよ」
何となく、言いたいことが分かってぼそりと呟いた。
「え?させたくないってことはもしかして多少は動揺したの?」
無駄に耳聡い男が、ここぞとばかりに食いついてくる。
「…PGR測定器でも買ってこい」
お前が思っているのとは、だいぶ動揺の意味が違うけどな。
まぁ、それは言わない。言ってやらない。悔しいし。
「…ちょっと待って、何それ」
「そもそもPGRっていうのは、PsychoGalvanic Responseの略で精神電気反応の意…」
「あぁやっぱりもういいや」
澱みない説明を遮った快斗の顔を見て、何となく勝ったような気分になった。
END
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