「…う…?」
まず、頬に痛みを感じて意識が浮上した。
次に、俺いったい何してたんだっけ?と考える。思考は痛みに霧散した。
目を開けるとコナンが布団の上に座っていて、細い指が更に俺の頬を引っ張る。
どうやら俺まで眠ってしまったらしい。そしてコナンは起きていた。
幸い、これは夢じゃないかとか、疑う必要はなさそうだ。
親切にも、彼が代わりに確かめてくれた。
「…ちょ、そろそろ離してっ、痛いから!」
喚くように告げると漸く指が離れた。
「……このマヌケ面は現実らしいな…」
コナンも目が覚めたばかりらしい。寝起き特有のぼんやりした顔を晒している。
「何か間違ってない?何でそれ確かめるために俺の顔引っ張るの?」
「わりぃな。ちょっと寝ぼけてたんだ」
そんな言い分で惚けられる。
嘘つけ、と思いながらひりつく頬を手の平で摩った。
「コナンちゃんの顔も引っ張ろっか」
「遠慮する」
即答して後ずさったコナンを追い掛け、手を伸ばす。もちろん、本気で引っ張る気はないけれど。
その手が、触れる直前にパシッと掴まれた。拒絶して振り払うのではなく。
更にコナンは曲げた指を真っ直ぐに正して、じっと見つめてくるから何事かと思った。
「…なんかついてんの?」
「いや…ちゃんと綺麗だなと思って」
ふにふにと触れられた後で右手が解放される。
「汚い手でコナンに触ったりしないよ?」
「そういう意味じゃねぇよ」
「じゃ、どういう意味?」
「……気にするな」
発言の含む意味は気になったけれど、教える気がないことは目に見えているから諦めた。
何より、安心したように息をついたコナンがいたからいいかと思った。
「というか何でお前がいるんだよ?」
今さら聞かれる。どうやらだんだん頭が働いてきたらしい。
「電話、かけただろ。そんで気になったから来た」
コナンは暫し口を噤んだ後、
「……今、何時だ?」
そんな質問をしてきた。
燦々と差し込む陽射しに、妙に静まりかえった空気。
嫌な予感を覚えつつ、時計を見る。
「んーと……十四時半」
つまりは七時間以上眠り込んでしまった訳だ。
「けっこう寝てたな」
心配しまくった俺の気も知らず、ふわぁとコナンが欠伸をする。
現実から意識を切り離して眠り続けたのは、目覚めないほど遠くまで行ってしまったのは、間違いなく俺のせいだろうに。そのことについては一言も触れない。
「寝不足だったからちょうどよかった」
眩しげに目を細めた後、窓の方を見ながらそう言った。
それは少しだけ早口で。
彼の嘘は大抵わかりやすい。
「きっとずる休みだとか言われてんだろうな…」
「蘭ちゃんが連絡したんじゃない?」
「聞いてねぇのかよ?」
「だって俺、蘭ちゃんが出掛けたのも知らないし」
あえて突っ込むことはしないまま、上滑りな会話を続けてみる。
うっかり眠ってしまう前、コナンに口づけて決めたこと。その話をちゃんと切り出すには、彼がこちらを向くまで待たなければならない。
「オメーは平気なのか?」
窺うように聞かれた。いつものメガネをかけて俺を見た。
「しょっちゅうさぼってるから全然平気」
そう答える。気にすることはないんだよと笑う。
今なら言ってしまえると思う。
「あのさ、こないだ話したことだけど…」
ぴくりと。
微かにコナンが身じろいだ。
「嘘、だから忘れてよ」
これこそが嘘だ。けれど頷いてくれと言葉にせず訴えて、
「忘れて」
もう一度、目を逸らさないまま静かに告げた。
「…わかった」
コナンは平坦な声を返した。
なかったことにすれば解決するなんて、本気で考えた訳じゃない。
ただ、今は見え透いた嘘で覆い隠していたかった。何かを壊してしまわないように。
分かり合えないこともあるのだと、そんな真実はまだ知りたくない。
裏稼業を持つ俺と女優の息子。双方演技は大得意だ。起こらなかった振りなどいくらでもできる。
「…そもそもボレー彗星だとか宝石が涙を流すとか。最初から嘘っぽいと思ってたんだよな」
芝居の始まりを告げる台詞は、呆れ顔のコナンから。
「……俺、そんな話までしたっけ…?」
訝る声を聞いたコナンは、何だか笑い損なったような顔をして俺を見た。
END
コナンside的には最後に「あれ?」って引っ掛かって、また夢か現実かを混乱し始める罠。コナンは頬っぺた抓ってないしね。
2011.1.25
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