「名探偵さぁ…最近注意力散漫じゃねぇ?」
「うるせぇ」
離せよと、力強く掴んでくる腕を振り払った。
何もかも目の前の男のせいなのだが。正面きってそれを言えるのなら元から悩んだりしない。
「あんま暴れっとまた落っこちるぞ」
「誰が落ちるか」
そもそもこんな場所に立っているのが悪い、と思う。俺が追いかけてくると知っている、くせに。
予告通り犯行を終えた怪盗が立っていたのは工事現場の足場の上で、子供が上ることを想定されていないから、足は届かないし滑るしで、いろいろ散々な目にあった。その間のキッドといえば、逃げるでもなくこちらを見ているだけ。最後に足を踏み外した時には、ひょいと腕を掴んで引っ張り上げてくれた。
どんなに焦がれても、決してこちらからは触れられない。なのにそっちから触れるのは自由だなんて理不尽すぎる。
つまり、この滑稽な片想いこそ、注意力散漫の一番の要因。
「助けてやったのに、何で睨むんだよ」
「…日頃の行いが悪いんじゃないか?」
しらっと冷たく返してやる。
「思い当たることなんか、ねぇけど?」
「惚けんな。毎回蘭にちょっかいかけてんのは何処の誰だ」
そんな様子を目にするたび、やっぱり蘭を好きなのか、と思う。それとも女なら誰でもいいのか。
どっちにしろ俺に望みはない。こんな男に、想いを寄せたって仕方がない。分かって、いるのに。
「あぁ、そのことか」
俺の気なんて知らない男は、あっさりと納得して意地悪く笑った。
「お前らいつも仲いいからさ。邪魔したくなんだよ」
これくらいのヤキモチ、可愛いもんだろ。
いけしゃあしゃあと言ってのけたキッドの言葉の意味が、分かるようで全く分からない。
「日頃の行いなんて、良すぎて誉めてやりたいよ。手出しもしないで堪えてるんだから」
「…こそ泥なんかに蘭はやらねぇぞ」
意味は全く分からないながらも、とりあえずこれだけはと言っておく。
てっきり奪ってやるとでも言い返されると、思っていたのだが…
「……はぁぁ」
返ってきたのは、疲れたような顔と、深いため息。
「やっぱ全然分かってねぇな」
「なにが」
本当に分かっていないだけに、決めつけられても怒れなかった。
「……」
キッドは答えず、ひんやりと冷えた足場に膝をついて、何故だかこちらをじーっと見る。
気まずくなって俺が顔を背けた後、フム、と顎に手を添える仕草もわざとらしく。
何となく嫌な予感を覚えた。
「…やっぱ、前言撤回」
「…は?」
「手、出すことにする」
ホントは察してもらいたかったんだけど、一生かかってもムリそうだし。
「何の話だよ」
「名探偵は、鈍いなって話」
「はぁ?」
訳が、分からない。
顔をしかめる。
キッドが、ニヤリと笑う。
「なぁ、俺に借りがたくさんあることは分かってるよな?」
「……」
不本意ながら、渋々頷く。
今日も助けられてしまったし。
「じゃあ今ここで返せ」
「…どうやって?」
「そーだなー。今日はとりあえず」
至近距離に迫ったキッドの顔に、狼狽して思わず目を閉じた。
「キスひとつ、ってことで」
何だよそれ。
と、怒れなかったのは言葉を封じられたからだ。
断じて動揺のあまり、ではないはず。
…そういうことに、しておきたい。
END
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