「足ばっか気にして、どうかしたのか?まさか怪我とかしてねぇよな?」
「ちげぇよ」
心配性の彼に聞かれて軽くかぶりを振る。自分では全くもって無意識だった。
「…変な夢見たせいかもな」
少し考えてから答えた。
「変ってどんな風に?」
大振りの宝石を玩びながら、キッドはさりげなく問うてくる。
また少し考える。既に記憶はあやふやだった。どう説明すればいいのかわからない。
「……両足が絡みついて外れなくなったんだ」
こんな風に。
軸にした右足に曲げた左足を絡ませる。片足で支える体が揺れる。
すぐにやめて、両足を地面についた。
キッドは黙ったまま続きを待っている。
「片足で飛ぶようにしか歩けなくて、こっちは必死で正に悲劇だ。なのに周りで見てる奴にとっては、間抜け極まりない喜劇だろ?」
思うように動かず痛んだ足と、その時のやるせないような想い。はっきりと覚えているのはそれだけだった。
どうしてだろう。夢から覚めた瞬間に、妙に馴染みのある感情だと思ったのだ。
「俺はちゃんと名探偵が追いつく速さで逃げるよ」
そうだな、例え片足でも。
脈絡のないようなことを言われて、そうかと気付く。
あの夢は今に似ている。
思うように動かない子供の体。必死で走っても十分なスピードが出ず、微笑ましいと笑われるような。挙句に足は縺れて転ぶ。
「追いかけてくれなきゃつまんねぇからな」
続いた言葉に、もうひとつ気付く。あの夢の中で、片足の俺はキッドを追っていたんじゃないかと。
「……俺は片足でもけっこう速いぜ?」
だから加減なんてしないで欲しい。そんなことされた方がやるせない。
そう伝えようとする声は、口を噤んで閉じ込めた。
「……どうかしたのか?」
冒頭の台詞を、彼がもう一度繰り返す。
「いや…」
またかぶりを振って答える。
「何でもねぇよ」
「なら、いいけどさ…」
キッドの返事はまだ釈然としなかった。
――追いつくように逃げてやるよ
悪気のない、好意すら見えるキッドの言い様に少しだけ傷ついていた、なんて。
言えるだろうか、ひたすら俺を想ってくれる優しい男に。
END
好敵手でもない、恋人とも言い切れない。関係性を築き損ねて擦れ違っているような、そんな話…のつもり。
2011.2.4
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