誰よりも大好きな人がいて、でもその人は違う人を誰よりも好きで、ありがちな初恋はずっと片想い。胸を締めつけ、痛めつけ、苦しいままいつまでも終わらない。



飴の雫




 あの頃憧れと嫉妬の混ざる視線で見上げた、蘭お姉さんと同じ制服。丈の短いスカートにネクタイを絞めて。
 今日から高校生になった私は、少しだけ大人っぽくなれたと思う。
 九年前からずっと大人だったあなたに、少しは追いつける気がしてた。憧れの人を真似て髪も伸ばした。
 でも、まだダメみたい。
 あなたはいつまでも変わらない目で私を見る。



「コナンくん」

「ん?」

 真っ先に教室から出ていく彼を呼び止めた。

「もう帰っちゃうの?」

 歩調は緩めてくれたけれど、止まってはくれない。だから廊下を並んで歩く。

「あぁ」

 擦れ違う女の子たちが羨ましそうな顔をする。彼の隣を歩けるのは幼なじみの特権だった。

「部活、見学していかないの?」

「入る気ないからな」

「サッカー、上手いのに…」

「授業終わったらすぐ帰りたいんだよ」

「…そっかぁ……」

 あなたがそう言う理由を知ってる。
 ひとつ目は警察に捜査協力で呼ばれるから。ふたつ目は恋人に会いたいから。

 引き留める言葉がもう、浮かばない。一緒に遊ぼうなんて言える歳じゃない。
 大好きって無邪気に抱き着いて、わがままとか言えたら幸せなのに。
 言いたい言葉はひとつだけ。

 ――あの人のところへ行かないで。



 指先が、キュッと彼の制服を掴む。

「どうした?」

 振り向いてくれる優しい瞳。いつも妹を見るような目をしてる。それだけじゃ嫌、悲しいって思う私は贅沢?

 じっと見つめれば戸惑いを滲ませて笑う。私が言いたいことなんて、とっくに分かっているみたいに。
 言わないでほしいって声が聞こえる。
 傷つけたくないんだよね、あなたは優しいから。

 私だって、時々思う。答えの分かってる告白には一体どんな意味があるの?



「ううん、何でもない」

 今日もまた何にも言えなかった。

「なんかあったのか?」

「………」

 黙ってかぶりを振り、俯くと、彼はポケットから何かを取り出した。

「これ、やるから元気だせよ」

 飴玉ひとつ。子供扱い。

 掌の上、水玉模様の包み紙は、前にあの人がくれたのと同じもので。

「……ありがとう」

 その時はいきなり空中から出てきたんだった。びっくりして、それから悔しかった。
 思い知らされてしまったから。私じゃ、絶対に敵わない。

 魔法使いみたいなあの人が嫌い。
 あなたの特別はみんな嫌い。
 嫌い。
 嫌い。嫌い。
 大嫌い。
 あぁ止まらない。



 また明日と貴方が右手を上げる。
 振り返した時には背中しか見えない。

 恋人からもらった飴玉でもいいよ。コナンくんがくれるなら何でも嬉しいよ。

 包み紙のねじれた両端を引っ張ると、色も見ないまま口の中へ放り込んだ。

 赤だったかな。イチゴの味。

 溶ける飴玉を舌で転がして、一人になった廊下の隅で私は泣いた。

 涙はしょっぱい。飴玉は甘い。
 彼は優しい。私の恋は苦い。

 私はコナンくんが大好き。彼は快斗お兄さんが好き。



 全部いつまでも変わらないこと。



END

2011.2.16

title:MAryTale


 
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