いったいどこからそんなに湧いてくるのだろう。ふと、疑問に思った。
その疑問を口に出せば、たちまち目の前の彼が説明してくれるはずだけれど。
もれなく不機嫌というオプションが付くこともまた確かだったから、俺は「大丈夫か?」と尋ねるだけに留めた。
「うるせぇ!オメーのせい、…っくしゅん!」
コナンはまた盛大にくしゃみをし、鼻を啜り、ちーんと思い切り鼻を噛む。
「オメーがこんな寒い夜に予告出すからだろ!」
ティッシュを二枚使ったところで、ようやく言葉の続きを聞くことができた。
つまり、どこからそんなに…と思ってしまったのは彼の鼻水である。
せっかく予告状を見たコナンが犯行現場まで来てくれて、月明かりの下、密会しているというのに。
さっきからちっとも会話が続かない。
『よぉ、名探偵』
そう、声を発した直後から、彼はサッカーボールを飛ばしたり麻酔銃を撃ったりする代わりに鼻をかみ出した。よくよく見れば彼の鼻は既に赤かった。
名探偵は完全なる風邪っぴきだった。
しかし、と思う。
今夜気温が低かったとしてもそれは予告状を出した俺のせいではなく、ビッグジュエルを今日一日だけ公開すると決めた主催者のせいだし、そもそも今日はそこまで寒くない。
熱でもあるんだろうか。
責任を押し付けられたことなどどうでもいい。そっちの方が心配で重要だ。
「大声出すとまた声出なくなるぞー?」
とりあえず喉を労るよう忠告してみる。
「お前の風邪パターンっていつも鼻、咳、喉だろ」
途端にうろんな目で見られた。
「…何でんなこと知ってんだよ」
反論がないところを見るに正解らしい。
「コナンのことで俺の知らないことはないから」
胸を張って答える。
聞き取りにくい鼻声でコナンが呟く。
「…ストーカーか」
「ちがうっ!」
いかに聞き取りにくくとも聞き捨てならない発言だ。
聞き捨てならなすぎて思わず素が出た。
「愛だよ愛!」
好きな子のことならどんな手段を使ってでも知りたいっていう…
「そんなドロドロしたの愛じゃねぇ」
「さらっさらの愛ってのも俺は嫌だけど」
愛なんてドロドロしててなんぼじゃん?
「そのドロドロのせいで殺人事件が起きるんじゃねぇか」
「…そっち持ってかれると何も言えなくなるんですけど」
彼は相変わらず現実的で、夢がない。
「じゃあいったい何が言いたいんだ?何か文句でもあんのかよ?」
と、言われても。
俺はストーカー疑惑を払拭したかっただけで、ドロドロだのさらさらだのの話に深い意味はなかった。
確かにドロドロこそが愛だなと、彼を納得させたかった訳でもない。
まぁいいかと二つ目の質問にだけ答える。
「別に文句はないよ?お前の愛だって十分ドロドロしてるし」
「はぁ!?」
コナンが、ものすごく嫌そうな顔をした。
そしてまたズズッと啜り上げて、
「どこがだよ」
そう言ってから鼻をかんだ。
しかめっ面しかしないのに、風邪っぴきでも鼻水垂らしながらでも、俺に会いにくるところとか。決して好きとは言わないくせに、俺が女と絡んだ後だけ、せがめば自分からキスしてくれるところとか。全然さらっさらなんかじゃありゃしない。
「…さぁな」
理論立てて説明せよと言われれば幾らでも話せるのだけれど、言ってしまうとつまらないから、言わない。
「答える代わりに、お前の風邪を俺がもらってやるってことでどう?」
そう言いながら距離を詰めて、更に顔も近付ける。
そのまま唇が触れたから、交換条件とも呼べないその提案は、たぶん受け入れられたのだろう。
「……っ、くしゅん!」
唇を離した途端、コナンが既に何度目か途中で数えることもやめてしまったくしゃみをした。これで確実にうつった気がする。
どちらかというと、口づけよりもくしゃみで。
END
2012.4.1
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