いつかと思うこともない

本当はもっと早く、一日どころじゃない、一ヶ月前でも、半年前でも、一年前でも、ずっと早く言わなければならない言葉だったと、泣き崩れた彼女の震える肩を見つめながら、思った。

纏わりついて、時々怒って、毎日のように喧嘩した。青子を可愛いと思ったし、大切で守りたくて、その一方で、絶対に明かしてはならない秘密を抱えていた俺はたぶん逃げていた。想いに向き合えない理由を秘密のせいにした。

「ねぇ、快斗」

行かないで、と青子が言う。

優しさは残酷だと分かっているのに、その度に足を止めて振り返る。

「…俺は何処にも行かねぇよ」

学校でまた会えるだろ?

「嘘」

数メートル後ろで青子が泣いている。その涙を拭う資格が俺にはない。

「青子を置いて好きな人のところに行っちゃうんだ、そうでしょ、ちがう?」

責めるような声に胸は痛み、それでも足を前に進める。

「快斗」

片目でも背中にあればいいのに。振り返って優しさを見せずに済むから。

青子はふらふらと追ってくる。

いつまで。

どこまで。

「、んだよ?」

「好きじゃないなら、どうしていつも優しかったの?」

しゃくり上げながらの問い掛けは、一番答えに窮するもので。

「別に嫌いとは言ってない」

即答したところでぼかした言葉にしかならなくて。

納得できないとその目からまた涙が溢れる。

「ただ、さっきも言ったろ?」

もう一度言わなければならないのか?
傷つけることしか出来ない言葉を?

「好きな奴がいるんだよ。だから青子とは付き合えない」







どうしようもなく、好きだった。一方的で、釣り合わなくて、恋をする資格すら持てないとしても。
届く訳がない、あんな美しい人に。優しい人に。

触れたら汚してしまうのではないかと、思った。話し、かけたら。近づいたら。

――欲しい、とかじゃないんだ。本当は。

自分のモノにならなくても良かった。ただ友達で、隣にいて、笑ってくれて、一番そばじゃなくてもいい、少しでも気にかけてくれたならそれで、幸せだと。



そんな、些細な願いすら叶わないような彼に、怪盗の俺が、探偵に、どうしようもなく叶わない恋をしていた。



2011.4.1


 
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