『今の中継なに』
受話器へ吹き込まれた低い声に、名乗るくらいしろよ、と思う。
今一番気掛かりな事件の記者会見を見終わり、新潟行きを決めた直後に鳴り響いた電話は、タイミングが良すぎて色々と邪推してしまう。
相手は当然の如く快斗だった。
「おまえか、ちょうど電話しようと思ってたんだ」
まぁ、いい。どっちにしろ週末に予定が入ったことを伝えなければならなかったし。
「今週末、野暮用で出掛けることになったから、オメーとの約束は延期でいいか?」
『……出掛けるって、どこに?』
彼は外出中らしい。
時折、声に雑音が混ざる。
「新潟」
ピンポーン
答えにチャイムの音が被った。
ピンポンピンポーン
近所迷惑もすぎる連打。
この時点で訪問者の予想はついていた。
「あ、誰か来たみたいですよ」
急遽決まった旅行にはしゃいでいた光彦らが顔を上げる。
「ワシが出よう」
博士が扉を開けた途端、バタバタと近付いてくる騒がしい足音。
何だか嫌な予感がする。
「コナン!新潟ってどういうことだよ!?」
…来やがった。
電話からも聞こえる二重の声に、うんざりと深い溜め息を吐き出した。
「つまり、新山手トンネル内の待避所に立っている男を不審に思い、天井に取り付けられた爆弾を発見、スケボーで高速を逆走したおまえは起爆装置が作動していることに気付き、直ぐさま目暮警部へ工藤新一の声で連絡を取り、道路の中央、走ってくる乗用車の真ん前に立ち塞がり、無理矢理車の流れを止めた挙句に、爆弾の爆風で吹っ飛ばされた、と」
子供たちを追い出した部屋の中、立て板に水の勢いでまくし立てられ、閉口しながら「まぁ…」と頷く。
「で、新潟行きはその事件の手掛かりを探すため」
「簡単にまとめるとそうなるな」
「簡単にって…そんなあっさり認めるなよ」
無茶苦茶じゃねぇか!
喚かれておおいに困惑する。
「んなこと言われても…」
どうして快斗はこんなにも、不機嫌オーラを撒き散らしているのだろうか。
この男のことは時々よく分からない。
「何で教えてくれなかったんだよ!?」
テレビで知る羽目になる前に!
「何でオメーに言う必要があるんだ?」
純粋な疑問を口にしただけなのに、何故か隣から灰原の溜め息が聞こえる。
「なんだよ」
「別に」
理解できないことばかりが転がっているのは不愉快だ。
「あの子たちとゲームでもしてくるわ」
しかし彼女は俺の疑問に答えようとせず、
「痴話喧嘩に巻き込まれるのは嫌だから」
そそくさと部屋を出て行ってしまった。
「おい、灰原!」
呼び止めたところで意味はなく、快斗と二人、取り残される。
「なんなんだよ…」
低気圧の快斗と向き合うのが億劫だった。
不機嫌の理由が分からないから尚更。
「…哀ちゃんの方がよく分かってる。おまえは全然わかってない」
「わかんねぇから聞いてんだろ?」
棘のある声に苛々と返す。
体中の酸素がなくなってしまいそうな程の溜め息。
くだらない迷信じみたものを信じるつもりはないが、俺と灰原に続く三度目の溜め息は、室内の空気を重くした。
幸福なんて、裸足で逃げ出す。
「説明したところでコナンちゃんには一生わかんないよ」
おまえを心配する俺の気持ちなんてな。
言い捨てて快斗は背中を向ける。
「帰ります、お邪魔しました」
博士に暇を告げる声も既に遠く。
「何だったんだ一体…」
何がしたかった?何を、言いたかった?
唐突に電話し、唐突に現れ、唐突に喧嘩を売り、最後は唐突に帰っていった。
滞在時間は十分にも満たないと思う。
ぐしゃぐしゃと髪を掻き回す。
事件なら解ける。
情報を集め、冷静に吟味し、着実に推理を組み立ててみせる。
だがしかし、あの男のこととなると…
ちっとも解けない自分がいる。
「くそっ、俺が何したんだよ」
「私も黒羽くんの気持ちの方が分かるわ」
振り返ると、呆れ顔を隠す気も見えない灰原が立っていた。
「…聞いてたのかよ?」
「チラッとね」
収拾つかなくなったら止めてあげようと思って。
そう、うそぶいてテーブルに残ったままのカップを取り上げる。
――割り込む気なんかまるでなかった癖に。
食べれば、と差し出された小皿のケーキに、ヤケクソでフォークを突き刺した。
「彼は貴方を心配しているだけなのよ」
それは私も同じなのだし。
「心配されるようなこと、あったか?」
「あの時、」
彼女は怪訝な問い掛けに被せて言葉尻を奪う。
「トンネル内が爆発して、あの子たちの前で…咄嗟に、」
俯いて一息に告げられた。
「貴方の名前を呼んでしまうくらいには動揺したのよ」
「……名前?」
「工藤くん、ってね」
「…灰原…」
彼女の、揺れている弱い瞳。
とても、久しぶりに見た。
「あんなことになって…貴方が爆発に巻き込まれたって…思うじゃない、普通は」
「俺は何ともなかったぜ?」
「貴方は前例がありすぎるから、考えてしまうのよ」
もしもを。
――少しは彼の気持ちも分かってあげたら?
灰原に言われ、頷いたものの、それでも何を謝るべきなのか分からない。
間違っていないじゃないか、と思った。
俺はあのトンネル内にいた人を助けるため、被害を最小限に留めるため、最善のことをしたつもりでいる。
ならば彼を心配させてしまうのは、こんな頼りない子供の体のせいか?
それを謝れば気が済むのか?
「で、結局仲直りできてないのね」
レンタカーの中は弾んだ声で溢れ返り、鰻重やらスケートやら混浴やら、混沌とした興奮ぶりが時折耳に入る。
「元太くん、うな重はないと思いますよ」
「でも、スノーフェスティバルだし、出店がいっぱいあるかも!」
「楽しみだな!」
「おい、おまえら!少し静かにしろ!」
苛立った小五郎が諌めても、その口元がすぐににやけるため、騒ぎを収める効果がなかった。
「よかったの?」
「はぁ?」
騒々しすぎる空気の中、いつも通り少し声を潜めた灰原の問い掛けに、しかめっ面で返す。
「たかが事件調べに行くだけだろ?」
「たかがで終わればいいけれど」
「あん?」
「調査だけで終わりそうにないことは、貴方が一番わかってるんじゃない?」
「……」
今更止まる気配もなく、レジャー気分の面々と何かが起こりそうな予感を乗せて、レンタカーは雪国へ走り続ける。
ケータイを開いて履歴を呼び出し。
発信ボタンだけが、押せなかった。
END
後日談「世界に縋りつく」へ続く、ということにして仲直り話を書かずに済ませる。
2011.5.11
title:MAryTale
[ back ]