「コナン、ホントに二次会出なくてよかったの?」
余興として本業のマジックを披露したせいか、ほどよい疲れを感じながらネクタイを解く。
引き出物の中身はお菓子だろうか。
一番手前に突っ込まれているのは、新婦からの短いメッセージカードだ。
『今日は余興を引き受けてくれてありがとう』
コナン宛のものは見ていない。
「コナン?手くらい洗えよな」
彼もさすがに疲れたようで、帰宅してソファーへ座り込んだ途端、ぐったりしてこちらを見ようともしない。
視線の先には夜の街。
閉じた瞼の裏でシャンデリアが瞬く。
会場のきらびやかさや新婦の装いなんて殆ど記憶に残っていなくて、目を閉じると再生されるのはサプライズを含んだ、あの1シーンだけだった。
「ここで新婦の蘭さんはお色直しのため、一時の中座をさせていただきます」
妙に明るい、よく通った司会の声に顔を上げる。
切り替わった音楽と落ちていく照明。
皆が手を止めて主役に注目する。
「お手引き役は誰にお願いしましょうか」
「そうですね…じゃあ」
列席者にはサプライズでも、司会者と彼女は打ち合わせ済なのだろう、白々しいやり取りを終えた後、
「江戸川コナンくんに」
わぁっと拍手が鳴り響いて、スタッフがコナンを迎えにくる。
何に対しての拍手なのだろう、何の嫌がらせなのだろう。
苦々しい思いは全て、貼り付いた笑顔の下に隠した。
戸惑いつつもコナンが高砂前へ進む。
「皆さん、拍手でお迎えください!」
いっそう大きな歓声が響く。
彼女がコナンに何か囁いた。
コナンは穏やかな笑顔のままメガネを外し、控えていた介添係へと手渡す。
こちらに向けられた訳でもないのに、フラッシュの嵐に眩暈がする。
高校生探偵の工藤新一がそこにいた。
本物の新郎新婦のように、腕を組んで二人が歩き出す。
真実を知らないからこそ出来る、カケラの悪意もない仕打ち。
それとも気付いていたのだろうか、彼女は。
爆音のラブバラード、掻き消す歓声。
本当はこうなるはずだった。
歯車は狂って今がある。
高砂では見慣れない男が微笑ましげに見守り、コナンはコナンのまま姉と共に歩く。
悪趣味で皮肉。
スポットライトの光の中、扉の向こうへ消えていった。
回想を終えても動かないままの、力ないコナンの背中を見る。
彼女に機械ごしの電話をかけた後、独り沈んで俯いた、あの頃によく似た背中だった。
「蘭姉ちゃんとられて寂しいの?」
からかうように言ってスーツの上着を放り投げた。
パサリと彼の頭上へ落ちる。
これで無反応だったら無視されているとしか思えない。
――ケンカしてた覚えはないんだけど。
「どーした?」
片手で首を絞めるボタンも外して。
上着の影、ひょいと覗き込んだ。
「…コナン……」
息を、呑む。
目元で滲んだ水滴が、膨張して留められなくなって溢れて、零れる。
頬をつたって、襟元まで濡らす。
声を出さずに、ひそやかに泣く。
彼はふいと顔を逸らして、スーツの中に埋もれてしまった。
ほんの冗談のつもりだった。
冗談と、揶揄と、俺の勝手な、本当に勝手な嫉妬から。
――まだ蘭ちゃんが好きなんだ?
痛む心を持て余す。
だったら恋人同士でいた、この十年はいったい何だ?
「……俺のせい…?」
まだ好きだったのかと言外に問う。
「別に」
そういうことじゃない。
ずいぶん長い時間を共に過ごしたけれど、両目を手の平で擦る彼の仕草は、たぶん初めて目にしたものだった。
「……感傷的に、なってたんだよ」
ようやく振り向いたコナンが、いつもとたいして変わりのない声で、言う。
「おまえも蘭と、同い年だろ」
「コナンもじゃん」
何だ当然のことを、と思いつつ、答える。
「そういう意味じゃねぇよ」
「…見かけ的にってこと?」
「あぁ」
軽く頷いた後、ふと、遠い目をする。
何かを諦めてしまったかのように。
「おまえもそのうちあんな風に、結婚すんのかな、とか」
考えたらさ。
最初に、バカバカしいと思った。
拍子抜けして、なんだ、と言った。
「なんだ、コナンちゃんそんなことで泣いてたの」
彼はムスッと目を逸らす。
「俺はもう十年先もその先も間違いなく、おまえといると思うけど?」
言葉の意味を掴めずに瞬いた後、コナンが呆れたように笑ってみせた。
なに言ってんだか、と赤い目で笑う。
「なにって、そりゃ…プロポーズでしょ」
便乗してみた、と笑い返す。
誓いのキスだとふざけて口づける。
もう何度目なのかも分からないそれにコナンは、相変わらず少しだけ頬を染めた。
――でも、泣いた原因は蘭ちゃんだろ?
長い付き合いだ、それくらい分かる。
分かるけれど、言わない。
隠したい想いは生々しい傷。
たやすく触れることはできない。
――まぁ、今だけ騙されてやるよ。
あと十年経てば勝てるかもしれない。
彼の心に根を張る幼なじみにも。
「手、洗ってくる」
頷いて聞く。
「夕飯どうする?」
「あんなに食ったらもう入らねぇよ」
残ってしまった子供っぽい仕草で、コナンがパタパタと駆けていく。
途中、引き出物の紙袋を引っ掛けて、中身が床へ転がった。
「あ、わりぃ」
「割れ物じゃないから平気だって」
片付けとく。ついでに顔も洗ったら?
水音を聞きながら床に膝をついた。
洋菓子に配り物のタオル、席札、席次表。
何となく視界に入ったカードの文字を見て、今度はこっちが泣きそうになった。
『大好きだったよ』
二つ折りにされた新婦からのメッセージ。
やっぱりそれはコナンの中の、工藤新一宛、なんだろうか。
END
奥井亜紀さんの「魔法の呪文」をイメージしつつ。
2011.5.13
title:MAryTale
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