「おまえにとっては飽きるほど見てきた犯罪者の内の一人に過ぎないのかもしれないけど、でも、あの男は…っ」
「わかってる」
「わかってねぇよ、探偵気取りで事件に遭い過ぎて、感覚麻痺してんだ」
「わかってる」
機械のように同じ調子で、同じ言葉を返される。
「だから、わかってねぇんだって。俺が、今まで何のためにっ」
「わかってる」
「…っ!」
まだ言うかと逆上して胸倉を掴んだ。
「オヤジさんの仇とるつもりだったんだろ?おまえはあの男を殺す気だった」
わかってる、ともう一度言う。
彼は何故か、笑っていた。
何がおかしいんだと怒るべき場面だ。
けれど酷く安心したように笑うから、何故だか背筋が寒くなった。
「今日、ここへ来た俺の目的はふたつある」
微笑したまま右手の指を「ひとつめ」と立てる。
「おまえを人殺しにしないこと」
例え汚い手を使っても。
唇を噛み締める。
この探偵は見事にやり遂げた。
巧みなブラフでキッドを現場から遠ざけ、残った本当の悪者は警察に任せる。
実に彼らしい始末のつけ方だ。
「ふたつめ」
今度は言葉は続かない。
睨みつける俺を黙って見返す。
もう、彼は笑っていない。
片手で胸の辺りを探る。
「おまえ…それ…」
懐から無造作に取り出されたものを見て、絶句した。
「俺を、殺してほしい」
青白い手が拳銃を差し出す。
彼の考えていることがわからない。
受け取れる訳がない。
「どういうつもりだ…?」
メチャクチャだ。
俺を人殺しにしないと言った口で、今度は自分を殺せと言う。
「おまえは今、俺が憎いだろ?」
復讐を邪魔されて、今までの戦いを無にされて。
「なら、俺を殺せばいい」
笑い飛ばそうとして、笑えなかった。
早く受け取れと彼が急かす。
「さっき捕まったあの男だって憎いよな?ならその憎しみも全部俺に向ければいい」
――憎い…?
確かにオヤジを殺した男は憎い。組織も憎い。
けれど、俺は。
本当に彼を、工藤新一を、殺せるほど憎んでいるのだろうか?
「おまえが言う通りだ。殺人は飽きるほど、感覚が麻痺するほど見てきた。その多種多様に渡る殺害方法も」
刺殺毒殺絞殺銃殺撲殺射殺殴殺斬殺…
淀みなく呪文のように読み上げる。
もう止めてくれと言った。
彼の声は止まらない。
磔殺爆殺焚殺轢殺、自殺。
「俺の心臓は、」
不意に言う。
「そう長くもたない」
いろいろと負担を掛け過ぎたからな。
「……え?」
突然の告白に呆然としてしまう。
「どうせ死ぬなら死に方を選びたいんだ」
俺は、おまえに殺されたいと思った。
そう言う。
「だから!何で俺なんだよ!?」
もう、半ば喚いていた。
「言わないと駄目か?」
「理由も言わない相手から、そんな物騒なもんは受け取れねぇ」
彼は困ったような顔で目を逸らした。
不健康な手が、震えている。
「好きな、奴に…」
やがて不本意そうに口を開いた。
「好きな奴に殺されたいと思ったんだ」
「…!?」
なんだよ、それは。
困惑はとうに限界を超えた。
「…同性に、好かれるなんて気色わりぃだろ」
さぁ、殺せよ。
「……嫌だね」
押し付けられた拳銃は消してしまった。
二度と彼が触れられないように。
「そんな理由なら尚更いやだ」
いつの間にか、揉めていたそもそもの原因を忘れていた。
復讐が、キッドの目的が、思考の片隅へと追いやられる。
「……殺すのも嫌なほど俺が嫌いか?」
彼は苦しげな顔をして、頓珍漢なことを問うてくる。
「おまえさぁ…ホントに探偵なの?」
呆れ声で聞き返した。
殺せとか、そんな酷いセリフ何度も繰り返すな。
彼は、黙っている。
誰よりもキッドのことを分かっていてくれると確信していた相手に、裏切られたからこそ激情して、ショックを受けたのだということが何故、分からない?
薄汚れた白を纏ったまま抱きしめた。
「そうだなぁ…新一が」
初めて名前を口にしただけで、腕の中の彼は動揺する。
「俺から拳銃を取り戻せたら殺してやるよ」
好きに探せよとネクタイを解いてみせた。
彼が、息を呑む。
「尤もおまえが正気を保てたらの話だけどさ」
コンクリートの上に押し倒す。
ひたすら困惑を浮かべる青い瞳。
その目の際にキスをした。
ひとつずつボタンを外していく。
この満月の下でおまえを抱いて。
長くもたないらしい弱った心臓は止まるだろうか。
それは彼の望む死に方だろうか。
とうに死を受け入れているおまえに向けて、今さら好きだと告げるのは悲しすぎる。
END
2011.5.15
title:MAryTale
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