落ち込んでいるなんてらしくないと言われる。
そうだよな、と自分でも思う。

『どーせまた下らないことで悩んでるんでしょ?』

からかいを含んだ声に、失礼な奴だなと笑う。

いつでもヘラヘラと笑うのが俺で、不敵に笑っているのがキッドで。

こうなるとポーカーフェイスはまるで呪いのようだ。

幼なじみがキッドを嫌っても。
パンドラ探しが虚しくなっても。
オヤジが殺される夢を見ても。

笑う。

死ぬ時だって、笑うと思う。


世界は楽しいことでいっぱいだ。
笑止ものの嘘を吐いて観客を騙す。

信じたふりを、してるだけ。


嘘つき泣き虫また笑い




視線を感じたので顔を上げた。
トランプを広げる俺の傍ら、すっかり本に夢中になっているのだろうと思っていたのに。
あっさり目が合って少し驚く。

「なーに?コナンちゃん」

床へ座り込んだ彼へ向けて、にっこりと笑うのは条件反射だ。

「………」

何故か深い溜め息をつかれた。

俺は何かしただろうか。

リアクションに困る。

本を閉じたコナンが立ち上がる。
勝手知ったるとばかりに人の引き出しを漁る。
咎めるつもりはないけれど困惑する。

無言でタオルを押し付けられる。

「へ?鼻水でも出てた?」

いや、鼻水なら押し付けるのはティッシュか。

「……わかんねぇなら早く鏡見ろ」

と、言われても。
女じゃあるまいし姿見など目につく場所にはない。
確か鞄の中に手鏡があったはず。
手鏡持ってるなんてそれこそ女じゃねぇかと、以前、彼は呆れていた。

「まぁ…そのうち鼻水も出るかもな」
そんだけ泣いてたら。

鏡を見た途端にコナンの言葉が耳へ届く。
二重の意味で唖然とした。

「…ぅ、わっ」

何だこれは。何で泣いてんだ。

慌ててタオルで目元を擦る。

「赤くなるぞ」

淡々と言われて手が止まる。

どうすればいいんだろう。
非常に気まずい。

秒針の音が耳に障る。

沈黙。



「別に、」

不意に、何でもない調子でコナンが言った。

「おまえも…好きに泣けばいいんじゃねぇの?」

視界を遮ってしまったから顔が見えない。

「も、って?」

「小学生のガキはよくワンワン泣くからさ」

「俺、小学生レベル?」

それはちょっと情けなさすぎる。

「そっちのが笑いながら泣かれるよりマシだ」

うっ、と言葉に詰まった。

タオルはどんどん濡れていく。
それでも口元は笑んでいた。

「笑うの止めたら負けそうな気しない?」

問い掛け、というよりは独り言だった。

浮かんだことを、思い付くまま、脈絡もなく口にするような。

「負けそうだと思うのに戦い続けたって勝てねぇだろ」
たまには負けとけば。

彼はあっさりとそう返す。

「コナンだって泣かないくせに」

「おまえが泣くの見れば十分だ」

「どんな理屈だよ、それ…」

笑いながらグズグズと語尾が崩れる。

それなら泣いてもいいかもしれない。
隠れるのは止めて堂々と。

押し付けていたタオルを離して目の前の彼を見る。
繰り返す瞬きの後に何とかぼやけた視界を確保して、

「え、え、というか…」

呆気にとられた。

「何でコナンちゃんまで泣いてんの!?」

「…つられただけだ」

彼は短く答えて舌打ちする。

コナンのためになるのなら、その度におまえも泣くのなら、幾らでも泣いてみせようか。

仮面のような大振りの眼鏡を外す。
舐めとった雫は、塩辛くて甘い。

「何すんだよ」

「可愛かったから、つい」

残りの文句はキスで奪った。

また怒られるかと思ったが、

「……もう、平気そうだな」

口づけを解けば彼はホッとしたように零す。
その目は未だ、濡れている。

「コナン…」

――意外と愛されてんだよなぁ。

そう、思うと止まらなかった。
とりあえずここはもう押し倒すしかない、男として。





シェルターのような部屋で過ごす週末の夜、泣いて抱き合って怒られて、きっと心から笑った後、俺たちはまたもや嘘吐きに戻る。



END

2011.5.21


 
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